2014年3月12日

春の足音 2 「3・11」猫


  梅の盛りが終わると、入れ替わるように桜の季節がやって来ます。

  いつものように、河津桜は一足早く、もう満開。
  メジロがお花見に来ています。

      
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                           河津桜 26.3.4 東京都清瀬市

  なかなか暖かくならないと思っていましたが、ちょっと日が射して、南の風が吹くと
  いきなり春めくこの頃です。

  光が強くなってまいりました。

     
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                           河津桜 26.3.4 東京都清瀬市


  森や野原の散歩仲間にも活気が出て来たような

     
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    “ ネコダッテ イロイロ アルンダヨ  アノネ アノネ ”

   さかんに話しかけてくるクロネコさん。
   いろいろなことを考えているのでしょうね。

   自由ネコのクロちゃんはボン子ちゃんと仲が良く、今日も一緒にいました。

     
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      “ オヒサマ デテルトキハ イイカンジ ”
                       よかった よかった

     ウメちゃんは みやより年上ですから、野原の散歩猫としては年長ですが、
     大雪の冬を無事にのり越えて、ふっくら元気です。

     
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        獅子丸君もご機嫌です。 

     
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        “ ナニカ ヨウ? チョットイソガシインダヨ ”

   と言いながら、例によって お話の長い獅子丸君。

   一方  無口なタイプも

      
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     シマオ君  どこ行くの

     今日はお返事もなく 柳瀬川堤をスタスタ行きました。
     大事な用事があるのでしょう。


  おなじみのボーちゃんは散歩の野原には出ず、街の子 巷(ちまた)の子です。

      
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  なにぶん土の上を歩くのが苦手ですから、せいぜい整地された公園まで。

  頑張り屋のボーちゃん、烏や鳩の跳梁を許さず、公園警備に励んでいるようです。

    
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         道路が温まってきたので、ゴロゴロが気持ち好いのでしょう

    
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  学校帰りの小学生を遊び仲間にして、毎日のように道草させている様子。
  ボーちゃん本人にはなかなか好い日々です。


  そして、我が家の庭にはグレコちゃん。

    
0226グレコ8912.jpg  半年の不在も、何ごともなかったように、また庭の住人になっています。

    
0311みや2660.jpg    “ モウ ヒーターナクテモ  イイトキ アルネ ”

    
0307ひたち2086.jpg    “ ヒーター キボウ ササミスティックモ アルト イイナー ”

  ヒーターつけないと、ひたち君 お腹出して寝られないしね。


  「例年にない」という厳しい冬でしたが、いつものように春は廻って来る。摂理に心が安まる思いです。

  その一方、なかなかいつものようにならないものについて、疑問があります。東北の復興のことです。

  すべてのことが元通りになるとは思っていません。すべてを元通りにしなければならないわけでもありません。しかし、何かするについて、もっと普通に早く出来ることはあるのではないかと思いませんか。きめ細かく慎重に運ばなければならないことと、ある程度力尽くにでも進めてしまわなければ片付かないことがあるはずで、その弁別と実行が、適正には行われていないと思われてなりません。

      
0309紅白梅1735.jpg                               26.3.9 東京都清瀬市

  また、復興事業とは別のことですが、『古事記』にある仁徳天皇の故事に、「民の竈(かまど)」と伝えられている物語があるのをこのごろよく思い出すのです。

  高い山から国を見渡されて、竈の煙が見えないことに民の貧窮を知ったことから、三年の間租税や夫役(ぶやく)を止め、天皇御自身も雨漏りする御座所を繕うこともせずに民と貧苦をともにされたという伝えです。三年の後には世の中は貧困から回復し、竈からさかんに立ちのぼる煮炊きの煙に天皇もお喜びになったと伝えています。

         
0307河津桜0325.jpg                           河津桜 26.3.7 東京都清瀬市


  日本の民族が慕い続けて参った聖帝のありようとはこういうものでした。幼年の御学問所時代に、歴代の天皇の御遺徳に倣って厳格な帝王教育をお受けになったという昭和天皇(「道徳」御進講:杉浦重剛氏)が、太平洋戦争の終結にいかに自己犠牲的であられたか、戦中戦後を通していかにつましく、貧しい時代を国民とともに忍ばれたかは、私の世代の大人には周知のことですが、もしかすると現代社会からは遠くなりすぎた話題かもしれません。

  東日本大震災の後のさまざまを廻って、御高齢の今上陛下の、時にお労(いたわ)しいまでのお心遣いは、今のお立場に合ったなさり方で、聖帝のありようを継ぐべくお努めになっていらっしゃる御心の表れと拝察いたします。

  しかし、皇族方の中には、必ずしも今上陛下並び皇后陛下や秋篠宮家のようななさりようではない向きもおありです。畏れながら、天皇家一族なればこそのお振る舞いとして、仁徳天皇が破れた御座所で世と辛苦をともにされたことに連なる御心情を、あるべきものとしてもっと拝見したいという気持ちがあります。震災から三年。三年経てば、被災した人々にも個々にはいろいろがありましょうが、まだ東北の竈に煙は立っておりません。

 


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