おつかれさま 松井秀喜引退 御用納め猫
ひんやりと白い空は奥に氷を貯めているようです。
24.12.23 東京都清瀬市
いろいろなことがあった今年も残りわずか。年の瀬が迫って参りました今日12月28日朝、ニューヨークから松井秀喜選手の引退記者会見の実況中継が届きました。
質問に対してひとつひとつ昂ぶることなく、飾ることなく、誠実に言葉を探している様子に、今更ながら好感を深めました。
24.12.27 東京都清瀬市
“ インタイ ダッテ ”
松井選手と言えば、私どもの年齢の者には甲子園の怪童時代からの強烈な記憶があります。大会前から轟いていた松井君の圧倒的な打撃力を前にして、二回戦の相手校明徳義塾は五打席連続の敬遠策を取り、奏功して勝ちますが、栄誉の校歌が観衆のブーイングでかき消されるという騒ぎだったことは、すでに甲子園野球史の一コマとして有名です。勝つためとはいえ、監督に命じられて敬遠のボールを投げ続けたピッチャーも、まことに気の毒なことでした。
24.12.24 東京都清瀬市
“ インタイ ダッテ ”
あのとき、試合直後に感想を求められた松井秀喜選手が、悔しかったに違いないのに、「作戦だったのだから(やむを得ない)」と言うばかりで、相手を非難する言葉を飲みました。TVで流れていたインタビューをたまたま聞いたのでしたが、高校生のその抑制力に、おやと思ったのでした。さらに忘れられなかったのは、そのあと、松井選手の父上がインタビューに答えた内容でした。「一番心配だったのは、(悔しさや怒りにまかせて)息子が聞き苦しい発言をしたら大変だと思っていた。そういうことをしないで本当にほっとした。」というような主旨でした。きちんとした精神のありようの方を喜ぶ親御さんなのだとわかりました。
人の親になれば、子供は育てたようには育たないこと、必ずしも親の理想をともにはしないことは承知です。その上でも、あのときは、「この親にして松井少年あり」なのだろうかと心が動かされました。
“ シラナイヒト ニ ツイテッチャ ダメ ” “ ワカッタ!”
オカアサンのいうことをよく聞いてね
遊んでくれるけれど さわろうとすると スッと身をかわす子猫です
初めて印象に留めたあの時だけでなく、その後報道される松井秀樹選手の動向も、公私にわたって私には終始共感しやすい、好ましいものばかりでした。
今この時期、この状態で、38歳引退というのが松井のような野球選手としてどうなのかは私などにはわかりませんが、この人の判断ならそれは良いことなのだろうと思えます。
24.12.24 東京都清瀬市
それにしても、ニキビも花やかな高校生のゴジラの時代から、今日の風格のある紳士に成長するまでを見ることができたのは、時代の幸せと言えましょうか。引退の事実を受けて、アメリカでの反響もさまざま報道されて参りますが、偉大な選手として、尊敬できる人格者として、同僚が、関係者が、野球ファンが、ニューヨーク市民が、それぞれの視点から極めて高く評価するものであることを、日本人として本当に嬉しく聞きます。この数年、日米関係は政治的には以前より確実に悪くなりました。しかし、民主党政府がうまくやれない時も、実直で能力は高く、かつ謙虚で本質的に善良と信じられる人柄の松井秀喜が、ニューヨークの衆目を浴びる場所に日本人としていたことは、日本の国のイメージのためにたいへんありがたかったのではないかと思われます。
“ インタイ? ”
“ オツカレサマ デシタ ”
それは我が家の大学生のマフラー
どこから持ってきたの 上手に使ってるね
信念と努力の猫 みや
“ ン! コノ ニオイ マカセテ ”
なぜかコーヒーに反応してせっせと砂掛け動作を続けるみや
年末も砂掛けに励みます
一方 無意味な(と思われる)努力には無縁のひたち
“ 冬トイエバ ヒーターノマエノ クッション ダヨネー”
“ チョット シツレイ シテ ”
年末も ひたすらくつろぐ
人(猫)さまざまの御用納め。時は年の瀬へ。