菊香 激突翡翠
25.11.16 東京都清瀬市
「我が花開く後(のち)は百花殺(か)れん※」と歌われたのは菊花のことです(「不第後詠菊」黄巢)。
詩歌の中において、中国でも我が国でも、菊は年の内に咲く最後の花とされてまいりました。従って、菊が咲く時期となれば他の花はすべて衰え枯死するのだと、自然界の摂理から述べていると読むことはできます。
25.11.2 東京都清瀬市
しかし、この詩は作者黄巢が科挙の試験に落ちた時に菊を詠んだものであることが、題(「不第後詠菊」)に明らかにされています。優秀であったと言われながら幾たびも科挙に不合格を繰り返し、憂悶を蓄えやがて反乱の首謀者となる彼の軌跡の一点としてこれを見ますと、「我が花の開いた後には他のすべての花が枯れるだろう」という詩句には、誰しもが不穏な暗喩を感じることでしょう。
25.11.2 東京都清瀬市
そんな菊の花が冷たい初冬の風に薫るこのごろ、仙人がお散歩で事件に遭遇。
いきなり目の前に翡翠(かわせみ)が落ちてきました。
道に面した掲示板に激突したのです。
“ ウキャー ”
白目のように見えているのは瞬膜です。
脳震盪を起こしているのでしょう。倒れてはいませんが、気絶しているようです。
その距離数十センチというほどすぐそばまで近寄っても、怖がる素振りもありません。
もしもし だいじょうぶかな “ ”
お散歩人が心配して立ち止まります。ちょっとした人だかりになりました。
ヒトだけではありません。
“ オヤ ”
好奇心の強さに加えて、小鳥への情熱にかけても並々ではないお散歩猫連が
道筋にはウニャウニャいて
“ オヤ ”
“ モシモシ ダイジョーブカナ ”
ボン子ちゃんも いたの! これは
そこで、散歩の人々は取り敢えず付き添って、翡翠が意識を取り戻すのを待ちました。
待つことおよそ30分。
“ アレッ ココハドコ? ”
という感じに目の覚めた翡翠。
まもなく飛び去って行きました。
“ ドウシテ ゲキトツ? マエ ミテナイノカナ ”
鳥には時々あるみたい
鳩や雀も街の中でビルにぶつかって死んじゃうことがあるし
ですから、このたびの翡翠は脳震盪だけでまた回復して空に帰れたのは本当によかった。
“ カワセミ ヨカッタネー
カワセミッテ オイシイノカナー
セミハ ヤカマシイダケダケドネー ”
吾等(われら)たちまちに寒さの闇に陥らん。
夢の間なりき、強き光の夏よ、さらば。
「秋の歌」(ボードレール『珊瑚集』永井荷風)より
蝉の声をやかましく聴いていたのはついこの間のように思えます。それも夢の間。いつの間にか秋も過ぎ、寒い冬が始まっています。
季節はめぐり続け、生き物はその自然の中に生きて、時には不慮のことに遭って一生を終えます。大きく見ればそれも自然なのでしょう。いずれにしても夢の間です。
そうして突然あっけなく無くなってしまう命も、この世に在る時には確かなものであって、短くても、楽しいこと、苦しいこと、思いがけない喜びや悲しみも折々に詰まった、今私たちがこうして生きているのと変わらない、確かな一つの命であったはずです。
25.11.5 東京都清瀬市