白露半月猫
24.9.9 東京都清瀬市
七日金曜日が二十四節気の「白露(はくろ)」でした。お馴染み『暦便覧』を引けば「陰気ようやく重なりて露こごりて白色となればなり」とありますが、ただものでない今年の残暑、まだ露が凝(こご)るというほどの秋気の訪れは感じられません。
24.8.27 東京都清瀬市
そんな「白露」の翌日のこと、我が家にはちょっとした事件が起きました。
夜七時近く、合宿先から帰って来る大学生の息子を駅まで迎えに行こうと玄関に向かった時、いつもなら外出の気配を察知してバラバラと走り出て来る猫家族が出て来ません。珍しいことと思いながら車を出したのですが、間もなく家の仙人からメイルが。
「気がついたら猫がでかけていた。みやは帰宅したがひたちを捜索中」
普段家の中だけで暮らしている我が家の猫たちは外の猫付き合いを知りません。縄張りはもちろんのこと、道でよその猫に出会った時の挨拶の仕方も知らないのですから、コワモテの猫さんに出くわしたらどんなことになるか。
何とかして、早く連れ戻さなければなりません。
薄闇の中、息子を乗せて戻ってくると、家の前に懐中電灯の明かりが動いているのが見えました。
24.9.11 東京都清瀬市
御町内を歩きながら仙人から話を聞きました。居間から濡れ縁に出るガラスの戸が細く開いていた。鍵のロックを忘れていたのを、中からひたちが開けたのだろう。庭に出て呼ぶとみやはすぐに戻って来た。ひたちの姿はない、と。
" ...ダッテ 開イテタ カラ チョット イッテ ミタケド... "
ひたちは普段から外に出てみたくてしようがないのですから、早々には帰るつもりはないでしょう。呼んでもむしろ捕まるまいと逃げそうです。
話を聞いているうちに日は暮れきって、あたりは夜の暗さになりました。この中で逃げ回る猫を探すというのはほとんど絶望的な仕事です。家族四人、御町内から散歩コースの遊歩道まで、何度となく行ったり来たりしましたが、八時を過ぎた住宅街は鎮まりかえって歩く人も希(まれ)、猫の姿もかたちも見えません。一時間余り探し歩いて、だんだん心細くなってきました。
24.9.7 東京都清瀬市
御近所のFさん、ミミちゃんやコトラちゃんの御家族ですが、大丈夫と慰めてくれました。
「自分で出かけていったのだから、道もちゃんとわかっていて、一回りしたら帰ってきますよ」
きっとそうだと私も思い、悲しい気持ちにならないでいようと家族と話そう、そんなことを考えていた時、閑かな住宅街の十字路に、東の方面に向かってトコトコ行き過ぎる猫の影。闇夜の仄暗い街灯の明かるみでも大猫とわかります。
ひたち ひたち と、驚かせないように小さい声で呼んでみました。
猫は止まってこちらを見るようです。そこまでわずか10メートルちょっとですが、暗くて顔はわかりません。道路に座り込みました。
走って行って確かめたいけれど、こちらが走れば逃げてしまうような気がします。ゆっくり近付きながら、ひたち、ひたち、と呼び続けていると、小さい声の返事が聞こえました。
ひたちでした。
返事をすると立って小走りに来て、ぴょんと飛びついて来ました。受けとめて抱くとズシンと重い。ひたちです。ああ、よかった。
我が家は全員が揃って、それから遅い夕食をとりました。
ゆっくり出て来る 半分のお月様が姿を見せる時分になっていました。
次の日の朝まで空に残る のんきなお月様です。
有明 24.9.7 東京都清瀬市
コラ!
下半身寝ころがらないで、ちゃんとおすわりして食べなさい!
" ダカラー ダイジョーブ ッテ イッテルデショー "
のんきだなー みんな心配したんだから
呼んでるの 知ってたでしょ
" トオクニナンカ イカナイッテバ シンパイシスギ ダヨ "
とは言え、約三時間の外出は、ひたちにはやはり大冒険だったのでしょう。
そのあとしばらく大爆睡でした。
夜道で発見した時、ひたちがトコトコ歩いていた方向は、そのまま行けば我が家に到る道筋でした。F夫人が仰ったとおり、自分で帰って来たのだと思える状況ではありました。
もうこんな心配はしたくありませんが、仮にまた不測の外出をしたとしても、特に障害でもなければ、ひたちはここをたしかに我が家と心得て、きっと戻って来ることだろうと思われました。
しかし、ホントニ疲れました。
" ヤレヤレ "
みやちゃんも 一緒に出かけちゃったじゃない
鍵開けるの 止(と)めてよね
" ダッテ ひたち君ガ..."
ひたちゃんのせいなの?
ちょっと都合が悪くなると、猛烈にペロペロし出すみや。
その毛づくろい 何かアヤシイな。
普段のイタズラは、だいたい参謀はみや、と決まっています。
24.9.7 東京都清瀬市
昼は残暑がまだ続いていますが、ひたちを探した夜は、ひたちの鈴の音に耳を澄まそうとしても、もう虫の声が満ち満ちてやかましいほどでした。
やはり秋は来ています。