2010年11月16日

墨場必携:散文 林檎



10森林檎.jpg                                         22.11.3 長野県佐久市


   「三つのなぜ」 芥川龍之介

    わが愛する者の男の子等の中にあるは
    林の樹の中に林檎[りんご]のあるがごとし。
    ................................................
    その我上に翻したる旗は愛なりき。
    請ふ、なんぢら乾葡萄[ほしぶだう]をもてわが力を補へ。
    林檎をもて我に力をつけよ。
    我は愛によりて疾[や]みわづらふ。

      
3赤.jpg                                         22.11.3 長野県佐久市


   「くだもの」  正岡子規

    普通のくだものの皮は赤なら赤黄なら黄と一色であるが、林檎
   [りんご]に至っては一個の菓物[くだもの]の内に濃紅や淡紅や
    樺[かば]や黄や緑や種々な色があって、色彩の美を極めて居る。
    その皮をむいで見ると、肉の色はまた違うて来る。柑類は皮の色
    も肉の色も殆ど同一であるが、柿は肉の色がすこし薄い。葡萄の
    如きは肉の紫色は皮の紫色よりも遥[はるか]に薄い。あるいは
    肉の緑なのもある。林檎に至っては美しい皮一枚の下は真白の肉
    の色である。しかし白い肉にも少しは区別があってやや黄を帯び
    ているのは甘味が多うて青味を帯びているのは酸味が多い。


    「艸木虫魚」  薄田泣菫  

     柚の木の梢高く柚子の実のかかつてゐるのを見るときほど、秋の
    わびしさをしみじみと身に感ずるものはない。豊熟した胸のふくらみ
    を林檎に、軽い憂鬱を柿に、清明を梨に、素朴を栗に授けた秋は、最
    後に残されたわびしさと苦笑とを柚子に与へている。苦笑はつよい酸
    味となり、わびしさは高い香気となり、この二つのほかには何物をも
    もつてゐない柚子の実は、まつたく貧しい秋の私生児ながら、一風変
    つた秋の気質は、外のものよりもたつぷりと持ち伝えてゐる。

      
25翡翠.jpg                                         22.10.25 東京都清瀬市


【文例】 近現代詩

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