墨場必携:散文 書簡文範
・卒業をいはふ文
『筆のゆきかひ』(書簡文範・関根正直文 阪正臣書 明治26年)
阪正臣 書
[釈文]
たをやめながらも雄々し
き志をたて、をぢ君に
ともなはれてみさとに上
り、このふせ庵にいり来
まして、わが父を保證
人とたのみ、淑徳女学校に
入りたまひしは、猶この
ごろとおぼえたるを、はや
くも六かへりの春秋を経
てこゝにその学業を
卒(を)へたまへりといふ。いとも
めでたき、いともよろこばし
き御しらせにあひぬる今日
の日は、そも如何なるよき
日ぞ。わがちゝはゝとおのれ
とのうれしさにひきくらべ
ても、君がうみのおやぎみ
たちの御こゝろは推し
はからるゝなり。さて今より
は国べゝかへりたまはむか、
京(みやこ)にとゞまり給はむか、
賢夫人となりたまはむか、
良教師となりたまは
むか、御目的のほどはいま
だ得(え)うかゞはねど、君をし
て美玉たらしめむと
する天の御心はいまゝでの学
業上にあらずして、このゝ
ちの世路難(せいろかたき)にあるなら
むとおもはる。さばれ(=サはアレ)君
こそはいかなる難にあ
ひたまふともはじめのをゝ
しかりし御志のまにゝゝ
おしつらぬきたまふ人
ならめと信じまゐらせて
よろこばしさのあまりに
よしなきくりごとをさへも
とりそへていはひまゐらす
るに奉(たてまつら)む。あなかしこ。
啓翁桜 21.3.15 東京都清瀬市