墨場必携:訳詩 近現代詩
21.8.29 東京都清瀬市
向日葵 野口米次郎
お前は情調から破れ出る、
私共は悲しくも経験に執着[しふぢやく]する。
お前の各原子は、生命の奇蹟に燃える、
如何に充実の生命にお前は生きるよ。
日光に生きる情熱家、
誇りある青春の表象。
お前は歌を寒気に向け、影に向けようと思つたことがあるか。
お前は舞ひ上がる色彩の抒情詩だ、
無言の歌にお前は飛躍する。
お前は生命の意味を呑みほし...
ああ、驚くべき自意識、
ああ、壮大な存在感。
21.7.26 東京都清瀬市
21.8.29 東京都清瀬市
私は太陽を崇拝する 野口米次郎
私は太陽を崇拝する...
その光線のためでなく、太陽が地上に描く樹木の影のために。
ああ、喜ばしき影よ、まるで仙女の散歩場のやうだ、
其処で私は夏の日の夢を築くであらう。
私は女を礼拝する...
恋愛のためでなく、恋愛の追憶のために。
恋愛は枯れるであらうが、追憶は永遠に青い、
私は追憶の泉から、春の歓喜を汲むであらう。
私は鳥の歌に謹聴する...
それは声のためでなく、声につづく沈黙のために。
ああ、声の胸から生まれる新鮮な沈黙よ、死の諧音よ、
私はいつも喜んでそれを聞くであらう。
21.8.30 東京都清瀬市
秋 西脇淳三郎
「近代の寓話」所収
タイフーンの吹いている朝
近所の店へ行って
あの黄色い外国製の鉛筆を買った
扇のように軽い鉛筆だ
あのやわらかい木
けずつた木屑を燃やすと
バラモンのにおいがする
門をとじて思うのだ
明朝はもう秋だ