墨場必携:漢文
21.4.26 東京都清瀬市
「夏初遊桜祠(夏の初め桜祠[おうし]に遊ぶ)」 廣瀬旭荘
花開萬人集
花盡一人無
但見雙黄鳥
緑陰深處呼
花開けば万人集まり、
花尽くれば一人も無し。
但[た]だ見る双黄鳥の、
緑陰深処に呼ぶを。
花が咲くと大勢の人が集まるが、
花が終われば誰一人来ない。
ただ二羽の黄鳥(うぐいす)が、
緑深い葉陰に鳴き交わしているだけ。
※桜祠:桜の宮。花見の名所として知られる。
黄鳥:鶯
鶯 21.4.5 東京都清瀬市
「初夏」 市河米庵
三尺松魚出海
一聲杜宇穿雲
報知朱夏消息
二物偏能策勲
三尺の松魚[しようぎよ]海を出で、
一声の杜宇[とう]雲を穿つ。
朱夏の消息を報知するは、
二物[にぶつ]偏[ひとへ]に能く勲[くん]を策す。
※出海:海で獲れたこと。
杜宇:ほととぎす。
朱夏:夏。「朱」は五行で夏を指す色。
消息:時節の移り変わり。
策勲:勲功を記録する。「策」は竹簡。
三尺の松魚(かつお)が獲れた。
一声鳴いて杜宇(ほととぎす)が雲を衝くように天高く上がる。
夏になることを知らせるのは、
ことにこの二つの働きが大きい。
※市河米庵(1779〜1858)。詩形は六言絶句。
目には青葉山時ほととぎす初鰹(素堂『江戸新道(えどしんみち)』)の意匠に同じ。
『江戸新道』池西言水編は談林風俳諧の撰集。延宝6年(1678)の刊。
21.4.5 東京都清瀬市
「初夏閒居(しょかかんきょ)」 牧野鉅野
残花落盡送残春
雨後葱蘢緑樹新
謝客任荒林外徑
抛書懶掃几頭塵
巢梁乳燕相呼母
浴水閒鷗不避人
賴有老妻能醸酒
怡然對飲脱烏巾
残花[ざんくわ]落ち盡して残春を送り
雨後葱蘢[さうろう]として緑樹新たなり。
客を謝して荒るるに任かす林外の徑、
書を抛[なげうち]て掃ふに懶[ものう]し几頭の塵。
梁に巢くふ乳燕は母を相ひ呼び、
水に浴する閒鷗[かんおう]は人を避けず。
賴[さいはひ]に老妻の能く酒を醸[かも]す有れば、
怡然[いぜん]として對飲[たいいん]するに烏巾[うきん]を脱ぐ。
※葱蘢:緑が繁るさま。
謝客:来客を断る、拒絶する。
乳燕:赤ん坊の燕。
間鷗:間(ひま)な鷗。
怡然:喜び楽しむさま。
烏巾:烏は黒色、巾は頭巾。ここではこれで新醸の酒を濾すものと思われる。
残りの花はすっかり落ち、残りの春を見送ると、
雨上がりに青々と繁った緑の樹木が新鮮に映る。
客の来訪を断って、林の外の径(こみち)は荒れたまま、
書物を抛り出して、机の上は別段塵も払わない。
梁の上に住む燕の子は皆で母燕を呼び、
水浴びする間(閑ひま)な鷗は人を避けることもない。
幸運なことに老妻が上手に酒を造るので、
差し向かいで楽しく飲むのに黒い頭巾を脱ぐ。
カラスの行水 21.4.15 東京都清瀬市柳瀬川
【文例】 和歌へ