墨場必携:訳詩 近現代詩 秋風 西風
並揚羽 22.8.28 東京都清瀬市
秋風 野口雨情『婦女界』(大正13年)
夕となれば
風は秋かや
そよそよと
野末の草に
そよそよと
風は吹く
野末の風も
今は秋なれや
野に鳴く虫は
秋の虫かや
ほそぼそと
草端の蔭に
ほそぼそと
虫は鳴く
草端の虫も
今は秋なれや
塩辛蜻蛉 22.8.25 東京都清瀬市
秋風の歌 島崎藤村『若菜集』
さびしさはいつともわかぬ山里に
尾花みだれて秋かぜぞふく
しづかにきたる秋風の
西の海より吹き起り
舞ひたちさわぐ白雲の
飛びて行くへも見ゆるかな
暮影[ゆふかげ]高く秋は黄の
桐の梢の琴の音[ね]に
そのおとなひを聞くときは
風のきたると知られけり
ゆふべ西風吹き落ちて
あさ秋の葉の窓に入り
あさ秋風の吹きよせて
ゆふべの鶉巣に隱る
ふりさけ見れば青山[あをやま]も
色はもみぢに染めかへて
霜葉[しもば]をかへす秋風の
空[そら]の明鏡[かゞみ]にあらはれぬ
清[すゞ]しいかなや西風の
まづ秋の葉を吹けるとき
さびしいかなや秋風の
かのもみぢ葉にきたるとき
道を傳ふる婆羅門[ばらもん]の
西に東に散るごとく
吹き漂蕩[たゞよは]す秋風に
飄[ひるがへ]り行く木[こ]の葉かな
朝羽[あさば]うちふる鷲鷹[わしたか]の
明闇天[あけくれそら]をゆくごとく
いたくも吹ける秋風の
羽に声[こゑ]あり力あり
見ればかしこし西風の
山の木[こ]の葉をはらふとき
悲しいかなや秋風の
秋の百葉[もゝは]を落すとき
人は利剣[つるぎ]を振[ふる]へども
げにかぞふればかぎりあり
舌は時世をのゝしるも
声はたちまち滅ぶめり
高くも烈[はげ]し野も山も
息吹まどはす秋風よ
世をかれがれとなすまでは
吹きも休[や]むべきけはひなし
あゝうらさびし天地[あめつち]の
壺の中[うち]なる秋の日や
落葉と共に飄[ひるがへ]る
風の行衞[ゆくへ]を誰か知る
尾長 22.8.7 東京都清瀬市
秋風のこころよさに 石川啄木『一握の砂』
ふるさとの空遠[とほ]みかも
高き屋[や]にひとりのぼりて
愁ひて下[くだ]る
皎[かう]として玉をあざむく小人[せうじん]も
秋来[く]といふに
物を思へり
かなしきは
秋風ぞかし
稀[まれ]にのみ湧きし涙の繁[しじ]に流るる
※全51聯のうちの冒頭3聯
22.8.28 東京都東久留米市沢頭湧水
秋 オイゲン・クロアサン
訳 上田敏『海潮音』
けふつくづくと眺むれば、
悲[かなしみ]の色 口にあり。
たれもつらくはあたらぬを、
なぜに心の悲める。
秋風わたる青木立[あをこだち]
葉なみふるひて地にしきぬ。
きみが心のわかき夢
秋の葉となり落ちにけむ。
22.8.25 東京都清瀬市