墨場必携:漢詩 漢文 廣瀬淡窓他
淡窓五首 其一 廣瀬淡窓
明窓兼浄机
抱膝思悠哉
莫話人間事
青山入座来
明窓と浄机と、
抱膝[ほうしつ]思ひ悠たるかな。
人間[じんかん]の事を話す莫かれ、
青山[せいざん]座に入り来たればなり。
明るい窓と浄らかな机、
膝を抱えて思いは悠々としたもの。
世間話などするなよ、
あの青い山がこの席に加わっているのだから。
21.8.14 東京都清瀬市
夏日即事 武田梅龍
雨晴薫吹落松筠
翠露斜斜滴葛巾
尽日無言好相対
青山不厭読書人
雨晴れ薫[くん]吹き松筠[しよういん]に落ち、
翠露[すいろ]斜斜[しやしや]として葛巾に滴[したた]る。
尽日[じんじつ]無言に好[よ]く相対するも、
青山は厭はず読書の人を。
※薫吹:薫風。夏の爽やかな風。
※翠露:松や竹をの葉から落ちる澄んだ露が葉の翠をうつしている様。
※斜斜:露が降りかかるさま。
※読書人:読書する人、ここでは詩作者本人。
雨が上がり、南風が松や竹に吹きわたり、
翠の露が葛の頭巾にしたたり落ちる。
一日中何も言はずに向き合っていても、
青山は書を読むばかりの私を厭がりもしない。
21.8.3 東京都青梅市御嶽山
夏日睡起[かじつねむりよりおく] 館柳湾
独臥風牀睡味長
醒来残日下西墻
門前時有売虫過
一擔秋聲報晩涼
独[ひと]り風牀[ふうしやう]に臥すれば睡味[すいみ]長く、
醒め来たれば残日[ざんじつ]西墻[せいしやう]を下る。
門前時に虫を売り過ぐる有り、
一担の秋声[しうせい]晩涼[ばんりやう]を報ず。
ひとり風の通る寝台に臥せっていると眠りは心地好い。
目醒めると夕日は西の垣根におちている。
折しも門前を虫売りが通り過ぎ、
担いだ荷からは秋の声が夕方の涼しさを告げる。
立秋日、上楽遊園[立秋の日、楽遊園に上る] 白居易
獨行獨語曲江頭
迴馬遅遅上楽遊
蕭颯涼風與衰鬢
誰教計會一時秋
独り行き独り語る曲江の頭[ほとり]、
馬を迴[めぐ]らし遅遅として楽遊に上る。
蕭颯[しやうさつ]たる涼風[りやうふう]と衰鬢と、
誰か計会して一時に秋ならしむ。
ただ独りで語りながら曲江のほとりを散策し、
行く馬の向きを変えてゆっくりと遊楽園に上る。
もの悲しく吹き寄せる秋の風と私の衰えた鬢髪とを、
いったい誰がいっしょに引きあわせて一度に秋の声を立てさせるのだろう。
21.8.12 東京都清瀬市
【文例】 和歌へ