2009年6月15日

墨場必携:和歌 梅雨

   梅雨留客
  我が宿に雨つゝみせよ
  さみだれのふりにしことも語りつくさむ
                       橘千蔭『うけらが花』二 
  (どのみち外に出られないなら、私の家でずっといらっしゃい。梅雨の雨の
   降るなか、もう古くなってしまった昔話も何も、積もる話を語りつくそう)

 ※雨つゝみ:もとは雨を憚って屋内に籠もること。外出しない の意味になるので、
         この歌では少しひねって来客を引き留める言葉に用いている。
 ※さみだれ:陰暦五月の長雨。陰暦五月は現在の六月第一週頃から。
       陰暦五月の長雨は梅雨。
 ※ふりにしこと:「ふり」は「降り」と「旧り」の掛詞。「ふりにしこと」は遠い昔に
         なってしまったこと、古い話。思い出。


        
14aji1.jpg                                            21.6.14 東京都清瀬市

  宮人の夏のよそひの二藍[ふたあゐ]に
  かよふもすゞしあぢさゐの花
                       村田春海『琴後集』二
  (宮人の夏の装束の色二藍に、似た色で咲いているのも、すっきりと美しい
   紫陽花の花よ)
 ※二藍:藍と紅花と二種類の植物染料を用いた染色。青系の藍染を「青藍」、
     赤系の紅花染を「赤藍」と呼んだことから、この二つを重ねて出来る
     紫系統の色を「二藍」とした。
     藍と紅花とのバランスによって、青紫から赤紫まで、実際には幅広い
     色相に渡って用いた呼称。
     主に夏服の色。平安時代では習慣的に若い人は赤紫寄りを着用し、年を
     とるにつれて青系の強い色を着たらしい。


  咲きそめてふりそめにけり
  さみだれにゆかりや深きあぢさゐの花
                        阪正臣『三拙集』
  (花が咲き始めると梅雨の雨は降り出したのであった。そもそも梅雨にゆかりが
   深いのだろうか、紫陽花の花は)


  ひと花はつちにまみれぬ
  さみだれのふるやのにはにさけるあぢさゐ
                        阪正臣『三拙集』
  (地面に近い一つの花房は土にまみれてしまった。梅雨の雨の降る、陋屋の
   庭に咲いている紫陽花の花よ)

 ※さみだれのふるやのには:「ふる」は五月雨が「降る」と「古」屋 との掛詞。
   


    五月雨[さみだれ]
  降りそむるけふだに人のとひ来なむ
  久しかるべきさみだれの雨
                       香川景樹『桂園一枝』雪
  (せめて降り始めた今日のうちだけでも、人が訪ねて来てもらいたい。
   これから長く続くであろう梅雨の雨のことだから。)

 ※人:特定の人物、恋人などを指すとしても読めるが、作者が男性なので、
    ここでは採らない。
 ※なむ:文末に付いて願望(誰それに......シテモライタイ)を表す終助詞。



          
20薔薇2.jpg                                            20.6.30 埼玉県所沢市
  瓶に挿す白と紅[あか]とのばらの花
  あひよりてあるに白もよく紅もよき
                       木下利玄『李青集』

【文例】 訳詩・近現代詩

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