2010年9月24日

墨場必携:訳詩 近現代詩 月光 月の光


          
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                                      20.10.13 東京都清瀬市

   「ファウスト」   ゲーテ
             訳 森鴎外

   いと深き甘寝[うまい]の幸[さち]を護りて、月のまたき光華は
   上にいませり。

         
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                                  羽黒蜻蛉 22.8.12 東京都清瀬市


   「伴奏」     アルベエル・サマン
            訳 上田敏『海潮音』所収

   白銀[しろがね]の筐柳[はこやなぎ]、菩提樹や、榛[はん]の樹[き]や......
   水[みづ]の面[おも]に月の落葉よ......

   夕[ゆふべ]の風に櫛けづる丈長髪[たけなががみ]の匂ふごと、
   夏の夜の薫[かをり]なつかし、かげ黒き湖[みづうみ]の上[うへ]、
   水薫[かを]る淡海[あはうみ]ひらけ鏡なす波のかゞやき。

   楫[かぢ]の音[と]もうつらうつらに
   夢をゆくわが船のあし。

   船のあし、空をもゆくか、
   かたちなき水にうかびて

   ならべたるふたつの櫂[かい]は
  「徒然[つれづれ]」の櫂「無言[しじま]」がい〔櫂〕。

   水の面の月影なして
   波の上の楫の音[と]なして
   わが胸に吐息ち〔散〕らばふ。

          
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                                      22.8.12 東京都清瀬市


   「月光」  ----Judith Gautier----ジュディ・ゴーティエ
            芥川龍之介訳 『パステルの龍』所収

   満月は水より出で、
   海は銀[しろがね]の板となりぬ。
   小舟には、人々盞[さかづき]を干し、
   月明りの雲、かそけきを見る。
   山の上に漂ふ雲。

   人々あるひは云ふ、----
   皇帝の白衣の后と、
   あるひは云ふ、----
   天[あま]翔る鵠[くぐひ]のむれと。


          
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                                      22.9.20 東京都清瀬市


   「昔の月」     野口雨情「沙上の夢」所収

   お前と逢うた
   武蔵野に
   青い 昔の 月が出た

   お前も 見たろ
   武蔵野の
   畑の中に家が建つ

   畑の 中の 夕雲雀
   もう おれは
   故郷[くに]へ 帰るぞよ



   「月」      佐藤惣之助「季節の馬車」所収

   半圓形の天のほとりを
   点[とも]り、ともり
   月が私たちの頭上に
   きれいな光線の航路を描くまへに
   船長は月の齡を眺めようし
   漁夫は月光と汐の時計を感じ
   街道の漂流人は自然のランプを点すであらう
   さあ、人人よ、月の前に出よう
   われわれの日の光は万人の火であるが
   月は精霊を伴とするものの
   ひつそりした燈明台ではないか
   月が大きく照りわたる晩ほど涙ぐましく
   われわれの町や荒磯は
   華やかな影の絵模様となる時に
   船長よ、漁夫よ、漂流人よ
   われわれは自らの生涯を空中に高めて
   幽[かす]かで、清涼なる光線の盃をあげ
   われわれの静かな影を愛さうではないか。


   「月」      佐藤惣之助「季節の馬車」所収

   村村の子供ら
   みんなして静かに月の前にたつたとき
   小さい田舍の洗ひ場は
   月の幻燈会の入口だと思ふがよい
   色を帯びてゐる若い月が
   太平洋をはなれると
   白鷺や千鳥が青い隱れ家を與へられ
   漁夫は水と空との
   二重の燈明世界へはひつてゆくし
   あんなにも清らかに帆裝した
   光線の船が此方へやつてくるよ。

          
          
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                                         20.9.10 東京都清瀬市

  

   「のちのおもひに」  立原道造


   夢はいつもかへつて行つた 山の麓のさびしい村に
   水引草に風が立ち
   草ひばりのうたひやまない
   しづまりかへつた午さがりの林道を

   うららかに青い空には陽がてり 火山は眠つてゐた
   ----そして私は
   見て来たものを 島々を 波を 岬を 日光月光を
   だれもきいてゐないと知りながら 語りつづけた......

   夢は そのさきには もうゆかない
   なにもかも 忘れ果てようとおもひ
   忘れつくしたことさへ 忘れてしまつたときには

   夢は 真冬の追憶のうちに凍るであらう
   そして それは戸をあけて 寂寥のなかに
   星くづにてらされた道を過ぎ去るであらう

          
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                                      20.10.5 東京都清瀬市

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