2012年10月23日

第74回 満江明月満天秋:秋の気 天に満ちる


第74回【目次】         
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    * 漢詩
    * みやとひたち 十三夜猫
  * みやとひたち 啄木鳥猫
    * みやとひたち 十六夜猫


 
           1020柘榴5689.jpg                                         24.10.20 東京都清瀬市

   満江明月満天秋
   一色江天万里流
   半夜酒醒人不見
   霜風蕭瑟荻蘆洲

  満江の明月 満天の秋
  一色(いっしょく)の江天(こうてん)万里(ばんり)流る。
  半夜(はんや)酒醒(さ)めて 人見えず、
  霜風(そうふう)蕭瑟(しょうしつ)たり荻蘆洲(てきろしゅう)。

     ※( )内の読み方表記は現代仮名遣い
       歴史的仮名遣い表記は漢詩(文例)のページで御覧下さい。

    
1020水島5459.jpg                                         24.10.20 東京都清瀬市

  詩は亀田鵬斎(かめだ ほうさい)の七言絶句「江月(こうげつ)」です。

  月の光は川面に満ちて、空は澄み、秋の気は天に満ちる。水と空とが一つの色に解け合って、見わたす限りが同じ月の光の色に流れている。
  夜半、酔いが醒めて気付けば、閑かな夜にあたりに人影もなく、ただ霜を帯びた冷気が寂しく荻や蘆の繁る中州を渡って吹いてくるばかり。

    
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  朝夕の空気が引き締まってまいりました。いつの間にか、いかにも秋らしい季節の最中にいます。野にはやさしい秋の花が咲き乱れ、稲田は収穫期。高い空の下、いろいろの果物も実り、一年で最も豊満な時を迎えています。やがて風がはっきりと寒くなり、紅葉が進んで草木が枯れ始めると、この秋も見る見る暮れてまいります。詩の第一句「満江の明月、満天の秋」がしっくり来る時期は実は意外に短いのではないでしょうか。

    
1020コスモス5578.jpg                                          24.10.20 東京都清瀬市

   
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  夜半の月光も仲秋の月が過ぎると、秋長(た)けてしみじみとひんやりした月になってゆきます。この詩では川のほとり、冴えた月光の反射が川面に満ちて、流れて行く川の軌跡が夜の空を占める月の明るみと一体になり、同じ色になっていると詠んでいます。

  夜のこと、目に見えるものも限られるので、これという秋の草木も取り上げられませんが、澄んだ夜に満ちる月の光がいかにも季節のものと身に沁みます。

    
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  転句結句は夜半のひと時。一緒に飲んだ客も帰ってぽつんと一人になったというようなタイミングでしょうか、あるいは満天の秋の夜、独酌の後の酔い覚めでしょうか。しんと人(ひと)気のない夜を、霜を帯びたように冷え冷えした風が渡ります。

  その夜風が、荻(おぎ)や蘆(あし)の繁る中州を通って吹いてくると詠んでいるのは、詩人に葉擦れの音が聞こえているからでしょう。
  
  荻はススキ属、蘆はヨシ属の、どちらもイネ科の植物です。水辺に群生し、細長い葉は風を受けてサワサワ、あるいはサラサラと音を立てます。昔からこの音は人の耳に興味深く届いたようで、荻や蘆は文にも詩歌にも風を伴ってよく叙述されます。平安時代の作品『更級日記』などでもこの音を「ソヨ」と聞いて、人の返答(呼ばれた時の「ハイ」)の掛詞に使っています。いずれにせよ、風のおとないが気になり、ふと耳を澄ますような時期になったことは、あたりが寂しく鎮まりゆく、確かな秋の進行です。

    
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