2012年9月20日

第72回 晩涼潜到簟先知:早秋 涼気は潜(ひそか)に到りて


第72回【目次】         
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    * 漢詩

    * みやとひたち 白露半月猫



 
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   炎景剰残衣尚重
   晩涼潜到簟先知


  炎景(えんけい)剩(あまつ)さへ残つて 衣尚(な)ほ重し
  晩涼(ばんりょう)潜(ひそ)かに到(いた)つて
                     簟(たかむしろ)先(ま)づ知る 

    
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  まだ日中は残暑の炎熱で、薄物の夏の衣さえ重く思われる。
  しかし暮れれば、涼気はひそかに到来していることを、
            竹の敷物の冷ややかさが まず教えてくれることだ。  

     ※( )内の読み方表記は現代仮名遣い
       歴史的仮名遣い表記は漢詩(文例)のページで御覧下さい。


              0908柿1013.jpg                                           24.9.8 東京都清瀬市

  詩は『和漢朗詠集』秋の巻から「早秋」を歌う紀長谷雄(きの はせお 845〜912)の七言の詩句です。もとの詩の全容は不明です。『和漢朗詠集私注』から、立秋の後の詩であることだけが判っています。 

  早秋とは本来ならば立秋を過ぎたばかりの時期を指す言葉です。暦の上では秋になったが、まだ日中は暑く、夏と変わりがないようでいて、夕暮れや夜過ぎる頃などにふと涼気が漂う、ああ、秋なのだと感じる、といった、微妙な季節の移り変わりに心が動く時期に、まず気が付いた秋の気配を詠むというのが、この時期の詩の趣向なのだと思われます。

  今年の立秋は8月7日でしたが、およそ一ヶ月経っても厳しい残暑が続きました。かすかな秋の気配に心を動かすと言った繊細な初秋の風情は、今年については気づきにくかったかもしれません。

    
0920ヒメリンゴ3022.jpg                                      ヒメリンゴ 24.9.20 東京都清瀬市

  第二句にある「簟(たかむしろ)」は「竹筵」「竹席」などと表記されるものも同じで、細く割った竹を撓めて筵(むしろ)のように編んだ敷物。または細く割った竹を簾のように編み繋いで作った敷物です。素材が竹ですから固く当たりますが、高温多湿の我が国において、汗ばむ膚にはまつわるもののないさっぱりした感触がよく、古くから夏の調度として用いられました。

  立秋が過ぎたある夜、夏の間日常親しんだ「簟(たかむしろ)」の感触が、ふとひんやりと冷たく感じられたところに、気温がすでに秋のものであったことに気付いた、というもの。皮膚感覚を通して皆が共感を覚えるでしょうリアルな初秋の趣です。

    
              
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                                稲田の上を飛ぶ中鷺 24.9.6 東京都清瀬市

  作者 紀長谷雄(きのはせお 845〜912)は平安前中期の文人。時代を代表する漢詩作者の一人です。同じ紀氏の、近い時代の有名人である歌匠紀貫之(866または872頃〜945頃)とは六代遡って系図がつながります。貫之が卑官(位階の低い身分)ながら我が国初の和歌の勅撰集編纂を任された時、貫之はその昂揚の中で、序文に高らかに我が国の歌の文明を謳いました。『古今集仮名序』です。その時に、貫之がもう一つの序『古今集真名序』の執筆を任せたのが、この長谷雄の長男にあたる紀淑望(きの よしもち 生年未詳〜919)でした。一説に淑望は貫之の養子に入っていたとも言われておりますから、この二家は親交もあったのでしょう。  

  長谷雄は以前に御紹介したことのある都良香や、あの菅原道真に師事し、醍醐天皇の侍読を務めるなど、当代の文人として学才を認められ、豊かな力量を発揮した人です。『延喜格式』の編纂にあたるなど、官僚としての業績も残しました。

    
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