第49回 残月影横邊:暁の梅
第49回【目次】
* 漢詩
* みやとひたち
24.2.2 東京都清瀬市
欲見梅花面
衝寒立暁烟
一枝香乍動
残月影横邊
梅花の面(おもて)を見んと欲し
寒(かん)を衝(つ)きて 暁煙(ぎょうえん)に立つ
一枝 香(こう)乍(たちま)ち動く
残月 影(かげ)横(よこた)はる辺(あたり)
※( )内の読み方表記は現代仮名遣い
歴史的仮名遣い表記は漢詩(文例)のページで御覧下さい。
凍る水面 24.2.2 埼玉県所沢市城址公園
詩は幕末の生方鼎齋(うぶかた ていさい 1799〜1856)の五言絶句「梅花」です。
第二句の「 暁煙(ぎょうえん)」は夜明け方、明け切る前の薄明に立ちこめる靄(もや)のことです(「烟」は「煙」に同じ)。
「梅花の面」を見ようとして、寒さをものともせずに朝もやの中に立った。
あえて「寒を衝いて」、しかもまだ薄暗い時分に、靄の中を戸外に立ち出でるのです。そうまでして見にゆく梅花の「面(めん)」とは、ただ梅の花が咲いている「顔」をいうのではありますまい。梅花の、梅花としての面目躍如たる姿、梅花らしさを誇るところ、真面目(しんめんぼく)とでもいうべき点に焦点を置いた表現と思われます。
梅花の真面目とはどういうところを言うのでしょうか。それはおそらく、寒さにも怯まず超然と咲く姿でしょう。それを見届けるには、一日のうちでももっとも寒く空気の引き締まった夜明け方こそがふさわしいと作者には思われたのでしょう。
24.2.2 東京都清瀬市
「まず咲く花は梅の花」と昔から歌われて、梅は年が明けて咲く花のトップバッターです。寒中に開く花は時に雪や霙(みぞれ)に遭うことも珍しくありません。実際、先週には風情と言うには重すぎる大雪を積もらせた梅の枝を、このあたりでも見たことでした。梅は雪に覆われても鮮やかに咲いて見苦しくなりません。そのあたりにも何かしら気高い精神性を感じさせるところがあるのでしょう。
24.1.24 東京都清瀬市
末句の「残月」は文字通り明け方の空に残っている月のことです。出が遅く、空に有るまま夜明けを迎えることから「有明(ありあけ)の月」と呼ばれるのはこの月です。陰暦の月齢でいうと月の下旬の時期、日々細くなってゆく月で、早朝の明るむ空にふんわりと浮かんでいます。
残月の「影(かげ)」とある「影」は本来かたち、輪郭をいう言葉ですが、月や星、日、灯などそれ自身が光を放つものは、見る側にとってそのかたちは光そのものです。そのため月や日などの「影」は「光」の意味になるのです。
第三句、一枝の「香(芳しさ)」がふと動く、というのは、不意に香が匂い立つ様子でしょう。それは微(かす)かでもはっきりとある朝の空気の動きを知らせます。
一枝の花が不意に匂い立ったのは、
有明の月の光が横ざまに射しているあたり。
24.2.2 東京都清瀬市
早朝の天に月は傾き、東の空から朝日が昇って来ます。ふと、目覚めたように梅が不意に香り立って来た。その瞬間を詠んだ詩です。
24.1.28 東京都清瀬市
作者生方鼎齋(うぶかた ていさい)は、上州沼田の人。名は寛。字は猛叔、通称 造酒。幕末の三筆の一人である巻菱湖(まき りょうこ 1777〜1843)の門下。その四天王の一人。貨幣 天保通宝の文字を書いて名を広く知られました。いささか酒乱の気味があった人のようです。酒席で水戸藩剣術指南役金子健四郎と争い事を起こし、帰路、金子健四郎の門弟に斬殺されたと伝わります。
24.2.2 東京都清瀬市