第56回 所見:梅の咲くあたり 勤学の人
第56回【目次】
* 漢詩
* みやとひたち
24.3.24 東京都清瀬市
半輪淡月夜三更
誰住梅辺小院清
知得読書人未寐
銀燈一点透簾明
半輪(はんりん)の淡月(たんげつ) 夜三更(さんこう)
誰か住む 梅辺小院の清きに
知り得たり 読書して人未(いま)だ寐(いね)ず
銀燈一点 簾を透して明らかなり
※( )内の読み方表記は現代仮名遣い
歴史的仮名遣い表記は漢詩(文例)のページで御覧下さい。
24.3.24 東京都清瀬市
前回に引き続き江戸化政期の女流 江馬細香(えま さいこう 1787〜1861)の作品から、七言絶句「所見(しょけん)」です。
淡い半月が浮かぶ夜。「三更」とある「更」は夜の時間を五つに区分する中国の習慣に基く時間の呼び名です。夜の始まりから数えて早い時刻から一更、二更と使います。「三更」はその真ん中の、深夜の12時を含む時間帯。和語では夜半(よなか・よは)と呼ばれる頃がそれに重なります。かなり遅い時間ですが、作者は外にいるようです。梅の咲くこざっぱりした建物。住人は誰とは知らないけれど、わかったことは、その人は読書してまだ寝ずにいるということ。簾を透いて見える灯に詩人はそれを確かめます。
河津桜 24.3.24 東京都清瀬市
この「読書」は、広く一般に「本を読む」の意味で使う今日の「読書」ではなく、学問する意味に狭めて理解するべき言葉です。夜更け、燈火の下、勉学に勤しむ人がいたという発見が一首の詩になっています。
淡い半月が浮かぶ 夜半(よは)更けて
誰が住むのか 梅の咲くさっぱりとした小さな家
わかった その人は読書してまだ寝ずにいる
銀色に輝く燈火が一点 簾を透いてくっきりと見える
この結句「銀燈一点透簾明」は始め「透」を「隔」として、「簾を隔てて明らかなり」と作られていたものを、師の頼山陽の批正で「透」字に直しました。僅か一文字、ちょっとした言い換えですが印象の違いは歴然としております。
24.3.16 東京都清瀬市
詩人の感興がどこにあったのかと言えば、たまたま或る夜中に目にした、誰とも判らない人物の真摯な勤学の心です。そうしたものに惹かれるところに、江馬細香という人自身の個性がくっきりと現れています。
24.3.24 東京都清瀬市
梅はその隠れもない芳香を強調するために、むしろ見えない状況を詠むという方法がよく採られます。この詩もその一類である夜の梅をあしらった詩です。
また、梅は別名「好文木」と呼ばれ、学問の場面に似合う花です。出典は『東見記』という文献にあります。晋の武帝が学問に励むと梅の花は咲き、学問をやめると開かなかったという故事からこの呼び名が付いたと言います。
木の佇まい、清楚な花、気高い芳香、そして武帝の逸話、などが相俟って文人好みの花となって永いのです。この深夜、半月、梅の姿はどのくらい見えていたのかわかりませんが、よく薫って、学問に励む住人の慎ましい住まいを清らかな香気で包んでいたのでしょう。
24.3.16 東京都清瀬市