2012年1月20日

第47回 雪中梅:消えざる雪


第47回【目次】         
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    * 漢詩
    * みやとひたち



      
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       牆外數枝梅
       帶雪未全別
       斜陽一照來
       始餘不消雪

     牆外(しょうがい)数枝(すうし)の梅
     雪を帯びて未(いま)だ全くは別(わか)たず
     斜陽一たび照らし来たれば
     始めて消えざる雪を余す

     ※( )内の読み方表記は現代仮名遣い
       歴史的仮名遣い表記は漢詩(文例)のページで御覧下さい。

       牆:垣根

   
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  詩は江戸中期の漢学者 南宮大湫(なんぐう たいしゅう:1728〜1778)の五言絶句「雪中梅」です。

  時期はおそらくちょうど今頃でしょう。早い梅は咲き出しましたが、まだ本格的な春にはほど遠い頃です。二十四節気の「大寒(だいかん)」は今年は1月21日でしたが、関東でも暦に合わせたように底冷えする雪の日になりました。

    
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  詩は雪を積もらせた梅の枝を詠んでいます。

  梅は奈良時代に中国から渡来して以来ひさしく白い花と決まっていました。紅梅は白い梅に遅れて平安時代なってから渡来したと思われますが、当初から「紅梅」という別個の花と扱われているようです。「梅」という種類の植物に白花も紅花もあるという整理分類意識は、おそらく自然科学分野の知識が一般化し、植物図鑑などが世間に珍しくなくなる時代になってからのことです。

    
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  寒中にも花開く白い花、梅は、詩歌には昔から雪と取り合わせてよく詠まれました。
この詩でも第二句は、梅の枝が雪を積もらせているので、咲いている花と雪との区別がはっきりとはつかないと、白い雪と一体になって分かつことが難しい白い花を述べています。

    
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                                            21.1.13 東京都清瀬市

  「斜陽」は斜めの陽射し。中天から傾いてくれば昼の力を弱めた夕陽をいうことになりますが、もとは斜めの角度で射す陽光を言い、必ずしも夕陽だけを意味する言葉ではありません。ここではどうでしょう。陽が射してきて、梅の枝の雪が解けて消えると、消えない雪(白い花)がそこに残る、という内容から察すれば、むしろ朝の光のことであろうと想像されます。

  陽が昇り、明け方の厳しい寒気が緩む時分、さらに木々に直に陽が射して来ると、枝に積もっていた薄い雪は解けて、白い花がくっきりと姿を現す、それを詠んだ詩でしょう。

  事柄は誰にも分かりやすい季節の一端を切り取ったもの。言葉も平易。装飾のない淡々とした運びの中に、「消えざる雪」という無理のない見立てが実に効果的です。「消えざる雪」とたとえられた梅花の格別の清らかさが印象に残ります。

    
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  詩作者南宮大湫(なんぐう たいしゅう)は尾張の人。名は岳、字は喬卿、通称弥六。名古屋藩家老竹越家に仕えて実践を重んじる折衷学を説いた儒学者中西淡淵(なかにし たんえん:1709〜1752)について学びました。仕官を望まず、従って暮らし向きは困窮が知られましたが苦にせず、超俗的な生活の中に学問に励んだ人です。42歳の時に、同門の漢学者細井平洲に勧められて江戸に出たのを機に、人物を世に広く知られ、尊敬を集め弟子に恵まれて一家をなしますが、定まった主家に抱えられることなく、終止マイペースの学究生活に徹しました。

  寒に、雪をものともせずに咲いて己の春を謳う梅は、古来高雅の精神をさまざま象徴して詩歌に詠まれました。それは、王侯貴族の孤高の魂の寄りしろであったり、配所に挫折の身をかこつ高級官僚の慰めであったりしましたが、市井の学者の、金銭の不如意も気に懸けないいわば精神貴族の傍らにあって、その清潔な心の楽しみになることも、まことにこの花にはふさわしいあり方でしょう。

    
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