2012年2月17日

第51回 梅月嬋娟奈夜何:月夜の散歩


第51回【目次】         
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    * 漢詩
    * みやとひたち



      
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     梅月嬋娟奈夜何
     微吟移步踏横斜
     満身疏影清如水
     但認幽香不見花

      梅月(ばいげつ)嬋娟(せんけん)として夜を奈何(いかん)せん
      微吟(びぎん)步(ほ)を移して横斜(おうしゃ)を踏む
      満身の疏影(そえい)清きこと水のごとく
      但(た)だ幽香(ゆうこう)を認めて花を見ず

     ※( )内の読み方表記は現代仮名遣い
       歴史的仮名遣い表記は漢詩(文例)のページで御覧下さい。

      嬋娟:あでやかで美しい
      横斜:梅の木の枝の横や斜めに延びる枝の形状。
         ここでは月光が地面に映している梅の枝の影
      疏影:「疏」は「疎」。まばらな影
      幽香:かすかな梅の香

    
0218鷺2548.jpg                                           24.2.18 東京都清瀬市


  詩は江戸時代化政期の女流 江馬細香(えま さいこう:1787〜1861)の七言絶句「梅邊步月(ばいへん つきにあゆむ)」です。

      
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  美しい月夜、梅の咲く辺りを歩むと言うのがこの詩の題です。

  「梅月」は梅とそれを照らす月。「嬋娟」はあでやかで美しい様子を言います。美しい月夜の詩です。

      
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  「奈夜何」は疑問詞「奈何(いかん)」の間に目的語Xを挟む形で、「Xをいかんせん(Xをどうしよう)」と方途を思いあぐねる用法です。

  梅とそれを照らす月があでやかに美しい こんなすてきな夜をどう過ごそうか

  美しい月夜に心が浮き立ちます。つまらない過ごし方をしたら惜しいとも思われます。気に入りの詩を小さく口ずさみながら、月光の明るく注ぐ地面に落ちる梅の枝の影を踏んで歩みます。「横斜」、横と斜めというのは、好き好きの方向に延びる梅の枝のさまによく用いられる表現です。ここでは枝そのものではなく、地面に映るそうした枝の影を指しています。

  「満身の疏影」とは、明るい月光の下、梅の木立の傍に立つ作者の身体いっぱいに枝々の細い影が落ちていることを示します。ゆっくり歩を運べば、その歩みに連れて梅木の影は身体の上をさらさらと清らかな水が流れるように過ぎます。

  ただほんのりと漂う香が咲いている梅花の存在を知らせています。花の姿は見えないけれど。

      
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                                         23.11.12 東京都清瀬市

  この詩の何とも言えない楽しげな気配は何なのか、とはじめて読んだ時には不思議な気がしました。これが女流の作であると気付いて一つの解釈を持つことができました。一人ではないのです。よほどの風狂人(もの好き)か特別な任にでも就いているのでなければ、たとえ屋敷内であろうと女が夜にのんきに一人で散歩しようとはしません。このとき、横に多分一緒にこの月夜を歩く人がいたのではないか。その上で、二人して好きな詩句を口ずさみながら歩くとしたら、それは楽しいひとときです。

      
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  作者江馬細香(えま さいこう:1787〜1861)、名は多保、湘夢・箕山の号を持ち、細香は字(あざな)です。美濃大垣の人。大垣藩医 江馬蘭齋の長女として生まれました。少女時代から絵と文に才を現し、絵を浦上春琴(1779〜1846)に、詩を頼山陽(1781〜1832)に就いて学びました。画家の眼差しが詩作にも働いていることが伺われます。頼山陽の恋人であったことでも知られます。この人も、「一心に勉強すると先生を好きになってしまうの法則」が発動した人であったのでしょうか。頼師は通常京都に、弟子の細香は美濃大垣にあって、多くは細香の送る詩稿に師が朱を入れ評を加えて返送するという通信教育であったようですが。この度の「梅邊步月」詩において、この特別すてきな夜に細香の横にいた人は、あるいは頼山陽であったかもしれません、そんな空想も浮かぶ、まだまだ寒い春の夜。

      
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