2012年5月24日

第62回 翠條露重嫋羅裙:薔薇を賦す 闘百草


第62回【目次】         
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    * 漢詩

    * みやとひたち



      
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     紅蘂風輕搖錦傘
     翠條露重嫋羅裙

       紅蘂(こうずい)風軽くして 錦傘(きんさん)揺らき
       翠条(すいじょう)露重くして 羅裙(らくん)を嫋(たわ)む


     ※( )内の読み方表記は現代仮名遣い
       歴史的仮名遣い表記は漢詩(文例)のページで御覧下さい。

    0522薔薇8005.jpg                              22.5.23 東京都清瀬市

     薔薇の紅の蘂(しべ)を吹く風は軽やかに
         錦の傘を開いたようにたっぷりした花はゆらゆら揺れる
     透き通るような翠(みどり)の枝葉に露は重たく置いて
               羅(うすもの)の裳のような花びらをたわませる

  詩は平安中期の漢詩人、源時綱(生没年未詳)の七言律詩「賦薔薇(薔薇を賦す)」より、第二聯(第三句・第四句)の対句です。文例のページに詩の全体を挙げています。

    
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                           22.5.23 東京都清瀬市

  渡る風の軽さは明るい初夏の気です。その風に揺らぐのは、錦の傘を開いたようであるという輝かしい薔薇の花。
  錦とある表現が花の豪奢を伝えますが、平安当時の花は今日私たちが見る薔薇とは趣がかなり違い、大きさも全体に小振りであったと思われます。

  枝や葉の新鮮な翠(みどり)色。枝葉に置く透き通った露。いかにもみずみずしい姿を歌います。

  「羅」は織物の種類の名称で、張りのある薄地の絹織物のこと。「裙(くん)」は婦人の衣装の裳裾(もすそ)。盛装の時に付け加える装飾的な衣料です。「羅裙」は美しい薄絹製のひらひらした飾り。その真紅の羅裙にたとえているのは、露にもたわむ薔薇の花びらのしなやかさ。豪奢な花が併せて持つあえかな美しさです。

       
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                            19.5.20 埼玉県所沢市


  薔薇には洋花の代表のような印象を抱きがちですが、今日の薔薇は園芸品種として人工的に造り上げられてきた花たちです。その以前の素朴な薔薇について言えば、日本は古来有数の薔薇の自生地です。古くはうばら、むばらなどと呼ばれた植物で、古代から人々の生活の中に親しく存在して、『万葉集』にも詠まれ、地名のイバラキ(茨木、茨城)などにもその名が残っています。

     
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                           19.5.20 埼玉県所沢市

  陰暦五月五日、というのは現代の暦で言えば六月の始め、梅雨に入る直前です。古代はこの雨期の前の時期に薬草狩りを兼ねた野遊びをする習慣がありました。一年分の薬草を乾燥させて「薬玉(くすだま)」として保存していましたが、それを新しいものに取り替えるのがこの時期であったと言われます。おそらくその野遊びと関わるところに、「闘草」という遊戯が始まりました。

  十世紀前半、源順(911〜983)が編纂した我が国初の分類体辞典『和名類聚抄』(国語辞典、漢和辞典、百科事典を兼ねたような内容です)にこのようにあります。

   闘草。「荊楚歳時記」に云ふ、五月五日、百草(ももくさ)を闘はすの戯有りと
  [闘草、此間(ここ)に云ふ、久佐阿波世(くさあはせ)と]。

  「闘草(くさあはせ)」とは、草(草花)を持ち寄って較べ合わせ、その優劣を競う遊戯です。いわゆる「もの合わせ」という類の遊びで、平安時代には撫子、菊などと特定した花を競ったり、扇などの持ち物でも行われましたが、その代表は言うまでもなく「歌合(うたあわせ)」でしょう。草花や持ち物道具を較べて遊ぶ時にもそれを詠んだ歌を添えることが習慣化しました。

    0520桐8640.jpg                         桐 24.5.20 東京都清瀬市


  『和名類聚抄』に「百草を闘はす」とある「百」とは「多数の」あるいは「多種の」という意味で、きっかり百種類というわけではありません。身近にある種々の草花を持ち寄ってくらべ合うという遊びであり、持ち寄られるものは当時の人が知るお馴染みの草花です。

  この「闘草」また「闘百草」を、詩歌に残っているもの(『文華秀麗集』「観闘百草、簡明執」滋野貞主、「和野柱史観闘百草、簡明執之作」巨勢識人)で眺めますと、芍薬、蘼蕪(びぶ 香草)、柳、などの列に混じって薔薇も入っています。野原の馴染みの植物だったのです。

    0520栴檀8727.jpg                         栴檀 24.5.20 東京都清瀬市

  「ばら」はもともとの日本語(和語)で、うばら、むばら、またいばらなどの頭の母音が取れて出来た言葉です。表記には中国にもあるこの花の中国名の表記「薔薇」を当てたので、この詩が書かれた平安時代には「薔薇」の音読み語の「さうび」または「しゃうび」もこの花の名前として用いられていました。この呼び名は詩歌の中には継承されて今日にも至っていますが、日常にはあまり見ませんね。また、「ばら」という名前も、園芸品種の派手な見かけに、片仮名で書かれることが多いこともあり、今日 和語であるとは気づかれにくい言葉のようです。


  

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