2012年2月24日

第52回 東帝春を回らす処:春はどこから


第52回【目次】         
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    * 漢詩
 



      
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     鳥未遷喬花未開
     牆陰殘雪尚成堆
     誰知東帝回春處
     却自空濛蕭瑟來

      鳥は未(いま)だ喬(たか)きに遷(うつ)らず
                        花は未(いま)だ開かず
      牆陰(しょういん)の残雪 尚ほ堆(たい)を成す
      誰か知らん 東帝回春の処(ところ)は
      却つて空濛(くうもう)蕭瑟(しょうしつ)より来たるを

     ※( )内の読み方表記は現代仮名遣い
       歴史的仮名遣い表記は漢詩(文例)のページで御覧下さい。
     
   
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  詩は江戸後期の儒学者 廣瀬淡窓(1782〜1856)の七言絶句「初春雨中作(しょしゅん うちゅうのさく)」です。

  懐かしい童謡「春が来た」(高野辰之 作詞)でもお馴染みのように、私たちは春を「来る」という述語で扱います。

   春が来た 春が来た どこに来た
   山に来た 里に来た
   野にも来た

   花がさく 花がさく どこにさく
   山にさく 里にさく
   野にもさく

   鳥がなく 鳥がなく どこでなく
   山で鳴く 里で鳴く
   野でも鳴く

  やさしい言葉の繰り返しの中に、春を迎えた喜びに弾む心がみずみずしく伝わります。この「春が来る」という表現は春を擬人化したところに成り立っています。

  四季の回る私たちの国日本。古代から、季節は来ては去る旅人のように詩歌に詠われてまいりました。どこから来るのか、どこへ去るのか、という問いはそこに当然生まれて来るでしょう。この「初春雨中作」詩も、その「春はどこから」の疑問に対する一つの考察です。

    
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                                          24.2.24 東京都東大和市

  第一句の鳥と花とは、後に「春が来た」にも継承されているように、ともに明るい春の野山を象徴する景物です。冬の間深い谷にひそんでいた鳥は春になると谷から出て、暖かい季節の本来の居場所である高い木に移動するとされます。その鳥はまだ谷を出て来ないのでしょう、春の花もまだ咲かない。野山は冬枯れの景色からそうは変わっていません。

  里は如何。垣根の陰には前に降った雪がまだ解けずに堆(うずたか)く残って、ひんやりと辺りを冷やしています。

  立春は過ぎたものの、まだ春は浅く、野山にも里にも冬の名残がまだ其処此処(そこここ)に見える、そんな時期です。

  第三句「東帝」とは春を司る神というほどの意味。中国では四季を四方位と重ねて春は東、夏は南、秋は西、冬は北がそれを象徴し、日本の漢文もこの習慣を踏襲します。「東帝」は「春帝」なのです。東帝の計らいで春は回り来るとしています。

  末句の「濛(もう)」は霧雨、こぬか雨といった細かい雨のこと。「空濛」は虚空に漂う靄(もや)のような細かい雨を表します。 「蕭(しよう)」はひっそりとものさびしいさま。風の音などの形容に用いられることの多い言葉です。「瑟(しつ)」は楽器の名前で二十五絃の大型の琴(おおごと)のことです(種類は多く、絃数も十五絃から五十数絃のものまで幅があります)。その低く奥深い音色から、おごそかなさま、静かなさま、清らかなさまの形容に用い、「蕭瑟」は、近い意味の言葉を重ねて、ものさびしいさま、ひっそりとしめやかなさまを表します。

    
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  「誰(たれ)か知る」は反語表現で、直訳すれば「誰が知るだろう、いや誰も知るまい」。これを先に述べて、そのあとに続く内容を強調します。強調されているのは、春の神 東帝が季節をまず回らせて来るところとはどこか。「春はどこから」への回答です。

    東帝が季節をまず回らせて来るのは、鳥啼き花咲く野山や里ではなく、
    いかにも春を思わせる明るく華やかなところからではなく、細かい雨に
    けぶる、しめやかにものさびしい空(くう)からなのである。

    
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  今月19日が二十四節気の「雨水(うすい)」でした。立春の次にくる節気です。立春で、まず風が春になりました。そのあと地上の気が温まり、空から注ぐ雪や氷(霰など)を中空(なかぞら)で雨に変えてしまう。「雨水」はそういう時期であると説明されています。細かな雨にけむる景色は、厳しく冴えた冬とは違う、鋭さの消え去った世界です。そこにはなるほどほかに先駆けて春の兆しがあるような気がいたします。

    
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                                            24.2.17 東京都清瀬市



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