2012年9月30日

第73回 半簾斜月清於水:読書の窓に注ぐ月の光


第73回【目次】         
ひたち巻頭肖像.jpg


      
    * 漢詩
    * みやとひたち 秋の入り口



 
           0929コスモス3356.jpg                                           24.9.29 東京都清瀬市



   秋動梧桐葉落初
   新涼早已到郊墟
   半簾斜月清於水
   絡緯聲中夜讀書

  秋は梧桐(ごとう)を動かし 葉落ちし初(はじめ)
  新涼(しんりょう)早(つと)に 已(すで)に郊墟(こうきょ)に到る
  半簾(はんれん)の斜月(しゃげつ) 水よりも清く
  絡緯(らくい)声中(せいちゅう) 夜 書を読む

     ※( )内の読み方表記は現代仮名遣い
       歴史的仮名遣い表記は漢詩(文例)のページで御覧下さい。

    
0929蜻蛉3625.jpg                                           24.9.29 東京都清瀬市

  詩は菊池三渓(きくち さんけい 1819〜1891)の七言絶句「新涼読書(しんりょうどくしょ)」です。

  秋の気配が訪れて、梧桐も葉が散りはじめ、季節の涼しさは早くも野や丘にやって来た。この書斎には、半ば捲き上げた簾の間から、月の光が射し込んでいる。秋の爽やかな気の中を、室内に斜めに注ぐ月光は明るく澄んで、水よりも清らかだ。虫の音が、夜の静けさをむしろ際立たせる。盛んなクダマキの声を聴きながら、ひとり本を読んでいる。

    
0914コスモス2221.jpg                                           24.9.14 東京都清瀬市

  第一句にある「梧桐(ごとう)」はアオギリ科の落葉高木。東南アジアに多く、日本の暖かい地方にも自生します。葉が桐(:ゴマノハグサ科またはノウゼンガヅラ科か)に似ていて、樹皮が緑なので、青桐と呼ばれます。「梧桐」は中国での呼び名です。成語「梧桐一葉(ごとういちよう:ごとういちえふ)」は、些細な一事から物事全体の動きを察知したり衰亡を予見したりする意味に用いられますが、もとは「アオギリの一葉が落ちたことで立秋を知る」の意味で使われた言葉です。梧桐の落葉は季節の到来を象徴するものとして詩によく詠まれました。我が国の詩歌にも継承され、梧桐(アオギリ)また桐の葉についても、その葉の散ることをもって早秋の情景を代表させる作が多く見られます。
  第二句の「郊墟(こうきょ)」は野や丘、いなかのこと。古い詩歌を見わたしてみると、季節の進行は、春は里から野、奥山に向かうものと意識され、秋は反対に山から始まり平地に下って来るように歌われて来たようです。このことは実際の季節の進行を忠実になぞるものと言えましょう。詩は、秋の気配は高山(たかやま)から始まり、今はすでに野に里に到ったとして、確かな秋の時期であることを述べています。

  室内に斜めにさし入る月光を、水よりも清らかとするところに、この新秋の夜気の清涼感と月の光の明澄を伝えます。


    
0929鷺3724.jpg
                                            24.9.26 東京都清瀬市

  絡緯(らくい)は秋の虫、クダマキのこと。キリギリスの仲間と言います。クダマキ(管巻)という名称は機織りの際の紡車を巻く音に似た鳴き声から来るとされ、江戸のこの頃にはクツワムシやウマオイなども加えて、何種類かの虫の総称にも用いられたようです。盛んな虫の音に、かえってあたりの静けさが際立ちます。

  閑かに更ける秋の長い夜、月の美しい季節になってまいりました。

    
0926月3247.jpg
                                            24.8.17 東京都清瀬市

  菊池三渓(きくち さんけい 1819〜1891)は幕末から明治期の漢学者。名は純、字(あざな)は子顕(しけん)、通称純太郎。三渓は号。紀州の人。父菊池梅軒は和歌山藩儒でした。安政五年(1866)藩主慶福(よしとみ)が十三才の若さで十四代将軍家茂となるに従って、三渓は奥儒者となって幕府に仕えました。慶応二年(1866)、英名を謳われ、幕臣の信望の厚く、動乱期の徳川の命運を託されていた家茂は若くして逝去します。勝海舟はその日の日記に「徳川家今日滅ぶ」と落胆を記したと言います。三渓は官を辞して知行所であった下総に下りました。
  維新後も盛んな文筆の活動は続けられ、雅俗にわたる達者な著述を数々残しました。ことにわが国の古典や古伝承を漢訳した『本朝虞初新誌』(1883)は広く読まれ、森鴎外も『ヰタ・セクスアリス』において、少年期に『本朝虞初新誌』を愛読していたことを述べています。

    
0929コスモス.jpg                                            24.9.29 東京都清瀬市





同じカテゴリの記事一覧