2009年8月 3日

第63回 夏は夜:夏の夜 一瞬の時 朝顔 蓮 螢 蟬

第63回【目次】         
1dokuM jpg.jpg      
    * 漢詩
    * 和歌
    * 散文
    * 訳詩・近現代詩
    * みやとひたち

26嶋2.jpg                            21.7.26 東京都清瀬市

1 雨の8月

  二十四節気の大暑(たいしょ)は暑さが最も厳しくなる頃の節気です。現行暦では7月23日頃にあたります。例年はその頃には梅雨が明け、子供達が夏休みを迎えることと重なって、いかにも盛んな夏の到来を感じさせる季節の指標になるのですが、今年は国内にまだ梅雨が明けていない地域をかなり残したまま8月になりました。

  関東は7月上旬に早めに梅雨が明けたと知らされたのでしたが、真夏らしい日はほんの数日で、そのあとはずっと曇りがちで冷たい雨も多く、ほんとうに明けたのかと疑うお天気が大暑を過ぎても続いています。九州や山陰山陽地方の大雨大災害の報道も痛ましく見ましたが、それにつけても気象が異常だと思われます。

   
26kamo.jpg                     カルガモ親子  21.7.26 東京都清瀬市

  カルガモの気丈な母の子育てのことを6月の記事に御紹介しました。さかのぼると、あの毛糸玉のような雛鳥が近隣の川筋に姿を現したのは例年通りの5月の下旬でした。去年の記録を見ると、カルガモの親子は7月7日に川を下ってゆき、この辺りから姿を消しました。時期が来たのだと長年の野鳥ウオッチャーに教えられたのでしたが、今年はまだ親子で川にいます。これも異常気象に関係があるのでしょうか。雛はすっかり大きくなって、親鳥と大きさはあまり変わりません。羽にきれいな大人の色が添わないだけです。図体は大きくなってまだ子供、大柄な中学生か高校生くらいの感じで、ぽそっと親について泳いでいます。


30kam1.jpg               こんなに大きくなりました   21.7.30 東京都清瀬市

  一方、今年も例年通りの時期を守って現れたものもあります。庭の蟬です。この土の中に幾年か過ごして、命の終わりの一時をここで過ごします。去年は7月31日の深夜に鳴き始め、その日を境にひと夏庭は大音響に響(とよ)んだのでした。今年も7月29日の未明でした。まず控えめにコロコロと鳴き始め、やがてくっきりとした蟬の声に変わります。去年も同じでしたが、みやとひたちは飛び起きて、ふたり並んでまだ暗い夜の網戸に顔をくっつけて、新鮮な蟬の声を聞くこと頻りでした。
  いとわしい夏の暑さも、あるはずのものがないのはもの足りないものです。こんなどんよりした夏に出てくることになった蟬も運が悪かったですね。



29sem1.jpg                            21.7.29 東京都清瀬市


2 夏は夜更かし

  「はるはあけぼの」の冒頭で知られる『枕草子』の第一段は四季のそれぞれについて、いかにもその時期らしいと思わせるものを挙げた段です。夏はどのように述べられているかというと、ずばり「夏は夜」。

   夏はよる。月の頃はさらなり、やみもなほ、ほたるの多くとびちがひたる。
   また、ただひとつふたつなど、ほのかにうちひかりて行くもをかし。雨など
   降るもをかし。                    『枕草子』1段

  ここは特段の知的遊戯も試みずに素直な生活感情を述べている段です。清少納言たち『枕草子』に共感する人々の生活において、夏は何といっても夜が大切な生活の場であったらしいことが推しはかられます。

  そういえば、ほかの季節に比べて目立って歌数の少ない夏歌の中で、「短夜(みじかよ)」は「ほととぎす」に次ぐ代表的な題材です。暮れにくく、また夜明けが早いという天文上の事実ですが、あっという間に夜が終わってしまうことを嘆いて歌うのが普通です。しかし、この歎きはそもそも人が夜更かししていることが前提になっているといえます。もっとしたいことがあるのに夜が明けてしまってそれができないというのですから。

  察するに、かつて空調もなく簡単に避暑にも行けなかった長い時代、歌を作って過ごすような暮らしの許された階層は夏の昼間などほとんど生産的な活動はしなかったのではないでしょうか。日が落ちて、やっと人心地がつき、いきおいほかの季節よりも夜更かしで過ごしていたに違いありません。
  夏の気象が変わらない以上、これは現実に現代の人の生活にも通じています。

  
和室Hit.jpg         晩ゴ飯マデ 休ンデルネー  夏バテシタラ 困ルデショー 

ローラMiy.jpg          夜モ寝ルケド オ昼寝モチロン
         起キタラビンチョーマグロ 食ベルカラネ
                   


3 阪正臣の夏


   月きよくかぜここちよき夏の夜も
   いたくふかさじ 朝いもぞする
   (月がすっきり清らかで 風も心地よい夏の夜でも
    ひどく夜更かしはしないでおこう、寝坊をしたらたいへんだ)
                   阪正臣「樅園詠草」『樅屋全集』二 所収

  清い月、心地よい風、日昼とは打って変わった爽涼な夜の風情です。何をするにも生き生きとはかどってなかなか止められないのでしょう。「朝い」は「朝寝」、朝寝坊のことです。

  これは、幕末に生まれ明治大正期の伝統派和歌を支えた歌人、また仮名の能書としても一家をなした国学者阪正臣の、私的な日記のような詠草の中にあった歌です。真面目な独り言のような、それだけに真っ直ぐに人柄を感じさせる作が並んでいる中の一首です。

  阪正臣(1855〜1931)は安政2年3月23日生れ、尾張横須賀の人。本姓は坂(さか)。神官の家に育ったこともあって自然に国風の諸文化に親しみ、歌、書、また狩野派の絵にも堪能でした。平田鉄胤(ひらたかねたね1799〜1880 )について国学を学び、明治18年に30歳で宮中御歌所(当時は侍講局文学御用掛・じこうきょくぶんがくごようがかり)に入りました。ことに和歌に御熱心であられたという明治天皇の御信任厚く、明治28年には御歌所に籍を置きながら華族女学校の教授に任命され、在職中に内親王方の書のお稽古役を務めました。明治・大正期、女学校の書写の教科書はほとんど阪正臣の手であった時期があります。比田井天来の妻小琴はこの人の内弟子となって歌と書を学んだことが知られています。

  阪正臣には、自分のお気に入りを詠んだ歌に

   よき硯よきふでよきかみ
   よき人のみづくきのあと書(き)うつすわざ
                   「蛙侶吟稿」『樅屋全集』二  所収

などといったものも見え、手習いが日頃の楽しみであったことが窺えます。夏は夜にこそその手習いも弾んだのでしょうが、度を過ごさないように気をつけようというのは、いかにも抑制の利いた端正温雅な書風を持ち味とするこの人らしい心です。

  もっとも、阪正臣の夏の歌を通覧すると、その名も「夏」と題して

   何ごとをなすも日かげの長くして
   夏はよきとき すてがたきとき
                   「正臣歌集」『樅屋全集』三  所収

などともあって、参りました。「日かげ」とは日の光、日差しのことです。日かげが長いとは日の射している時間すなわち昼間が長いことを言うのです。
  日が長いので何ごとをなすにもよい、十分に時間を使えるというわけです。だから夏はよい時期である、捨て難い季節である、と。

  阪正臣がみずから戒める夜更かしは、日が落ちてようよう活動を始める人の夜更かしではありません。夏だから昼間は昼寝をしていますという私、いや我が家のみややひたちの夜更かしとは違って、昼も勤勉に活動している人の夜更かしであったらしいのです。

   
廊下.jpg             少し風の通る廊下にふたり
                      
4 夜が明けて 

  朝顔    山村暮鳥

   瞬間とは
   かうもたふといものであらうか
   一りんの朝顔よ
   二日頃の月が出ている

   
20.8.3.jpg                            20.8.3 東京都清瀬市

  朝顔がひらく早朝の一瞬を歌う詩です。
  夜の無彩色の時間を過ぎると、夜明けの始まりは濃い青い色をしています。その透明の青がしだいに薄くなり、静かな水底のような景色から見慣れたものの色に刻々と変わってゆく魔法の時間の中で、朝顔は突然ふと開き出します。「二日頃の月」は、陰暦の習慣の言い方で、15日目を十五夜満月とすると、それに至る早い頃のほっそりした淡い月の形を言います。三日月になる前日というわけですから、たいへん細くあえかな月です。空に掛かる時間も新月からの日数、従って月の形と関係しています。陰暦二日の細い月はよく見ればうっすらと朝方にも見えるのです。すでに明るくなった空に、月は光を収めてほんのりと白く、夢のように佇んでいるのです。  

  
futsuka月.jpg                            20.9.19 東京都清瀬市
  
  ふと見わたしてみると、身近な夏の動植物の習性には時の瞬間というものをあらためて感じさせるものがいろいろあることに気づきます。朝だけでしおれてしまう朝顔、音を立てて割れるように咲くという蓮の開花、また触ると弾けて飛び出す鳳仙花の種、カタバミの種。夏が本来苛烈な季節であるだけに、くっきりと切り取られたようなこんな一瞬がとりわけみずみずしく感じられるのかもしれません。
       30翡翠.jpg                            21.7.30 東京都清瀬市

【文例】 漢詩・漢文

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