猫彼岸
22.3.13 東京都清瀬市
本当はここにはついて来ないでもらいたい。
"エー 本探スノ 手伝ッテ アゲルノニ ..."
みやは特に目が離せない。静かにいたずらするから。
"何モ シテナイヨ"
そこの 『万葉集総索引』、背を囓ったのはみやでしょう!
"ヒタチ君ガ 追イカケル カラダモン"
"エー ドウシテ ソレデ 本ヲ!?"
日差しの明るい日が続いています。何かと用事がかさんで思うように時間が取れない中も、これだけは是非見たいと思っていた長谷川等伯[天文8年(1539)〜慶長15年(1610)]の展覧会に、桜のつぼみも膨らむ上野の山に行ってまいりました。
22.3.20 東京都清瀬市
会期の終了が近づいていたので週末は混雑甚だしいことを予想して、金曜日、それも朝、開館30分前には門前に着いたのですが、もう大行列。というより、上野駅の公園口ですでに人混みの気配が分かるありさまで、等伯の人気のすさまじさは恐るべきものでした。宣伝もしすぎていますしね。
端からじっくり見るのは、分量の多い展示では疲れてしまうので無理です。このたびも、目当てのものだけ飛び飛びに探して見ながら、ほかに目に付いたものも眺めるという、いつもの方法です。
話題の松林図やかずかずの季節の絵画はもちろん見応えのあるものでしたが、等伯は日蓮に帰依した信仰の篤い人として知られます。折しもお彼岸のこの時期、仏画や涅槃図にはことに心が引かれました。
上野のあとは、同窓相携えて恩師のお墓参りに谷中に参りました。お彼岸に入り、いつもより賑やかだったせいか、谷中というのに猫には1匹しか遇いませんでした。仏の側に住む猫たちの、お彼岸とて、六波羅蜜の修行でもしていたのでしょうか。
涅槃図は、沙羅双樹の下、頭を北にして西を向いて横たわられた仏陀の周りに、十大弟子を始め諸々の菩薩・天部やさまざまな獣、鳥、虫などまでが集まり、お別れを悲しむさまを描いたものです。面白いのは、仏陀を慕い入滅をお見送りする実にさまざまの生き物です。象や駱駝、虎、ライオン、牛、馬などの大きな動物からうさぎや猿やねずみなどの小動物、いろいろの鳥、亀や蛇、また龍や獅子のように架空の生き物もいます。およそ世界に考えられる限りと言ってよいありとあらゆる動物たちの中に、実は猫が描かれることは少ないというのです。
それは、沙羅双樹に掛けてある仏陀の薬囊(くすりぶくろ)を取りに行くねずみを猫が捕まえてしまうからだと説明されたりしております。またひとつには、猫は涅槃に駆けつけなかったという不謹慎をとがめる説話などもあって、涅槃図に猫がいないのは単純にその話通りに猫不在として描くのだとも言われます。悪い子扱いなのでしょうか。涅槃図に描かれないことはそれを揶揄した俳句なども見ます。十二支に数えられなかったり、とかくこの方面は猫には冷たい扱いですね。
ところが、このたびの展示に見られた等伯の二つの涅槃図には、どちらにも猫がいました。石川の妙成寺の蔵品、また京都本法寺の蔵品です。
"ナニ?"
「仏涅槃図」京都本法寺蔵
本法寺の涅槃図はまことに大きく、あの東京国立博物館の展示室の天井の高さでもまだ丈が足りず、掛け下ろした裾が床に溜まる大涅槃図でしたが、その左下にちょこんと坐っています。妙成寺の図は構図の異なる絵ですが、これも右下の位置に間違いなく猫がいます。どちらも虎、豹の後ろにちょこなんと坐っており、この配置にはおそらく種の意識があるのだろうと見えました。そう思って、帰宅してから等伯以外の涅槃図でも猫の描かれたものをいくつか見てみると、やはり位置は虎・豹の近くでした。
「仏涅槃図」左下部分(京都 本法寺)
この左下、虎の後ろに豹、その後ろの白地に薄茶の柄が入った小さな姿
が猫と思われます。
お彼岸とは言え我が家の猫家族は、六波羅蜜を修める気配もさらさらありません。
"好イ オ天気ナノデー チョット オ昼寝。 起キタラ マタ オ手伝イ スルヨー "