墨場必携:漢詩
吉野桜 21.3.23 東京都清瀬市
・桜 巻菱湖
山雲濃暖白成堆
幾日晴烘擁不開
忽被驚風掀起去
一団香雪漲空来
山雲濃暖[ぢようだん]にして白[はく]堆[たい]を成し、
幾日晴烘[せいこう]するも擁[よう]して開かず。
忽ち驚風に掀起[きんき]せられ去り、
一団の香雪[かうせつ]空に漲り来たる。
山の雲は濃く暖かく白く堆(うづたか)くつもり、
幾日か晴れて烘(あたたか)くなってもしっかりと包み込んで開かない。
忽ち激しい風にあおられて、
(桜の花びらは)一団の香雲となって空一面に広がった。
吉野桜 21.3.27 東京都清瀬市
・偶成 其の一 松本奎堂
吹到幾番花信風
東臺春色漸冲融
今朝認得鐘声緩
来自香雲暖雪中
吹き到るは幾番の花信風[くわしんふう]ぞ、
東臺[とうだい]の春色漸[やうや]く冲融[ちゆうゆう]せり。
今朝鐘声の緩[ゆるや]かなるを認め得たるは、
香雲[かううん]暖雪[だんせつ]の中[うち]より来ればなり。
※花信風:開花を知らせる風
東臺:上野の山、東叡山
香雲暖雪:香る雲と暖かい雪、すなわちいずれも桜の花の形容
吹いてきたのは何度目の花便りだろう、
上野の山の春もようようやわらいできた。
今朝の鐘の音がゆったり聞こえるのは、
盛りの桜の中を通って来るからなのだ。
山桜 21.3.21 東京都清瀬市
・桜花 草場船山
西土牡丹徒自誇
不知東海有名葩
徐生当日求仙處
看做祥雲是此花
西土[せいど]の牡丹徒[いたづ]らに自[みづか]ら誇るは、
東海に名葩[めいは]有るを知らざればなり。
徐生当日仙[せん]を求むる處、
祥雲と看做[みな]せるは是れ此の花ならん。
※西土:西の地、中国。
東海:中国から見て東の海の中の国、わが国日本。
葩:花
徐生:秦の徐福。始皇帝の命を受け仙薬を求めて長い旅に出た。
日本に渡来したという伝説がある。
中国では牡丹をむやみに自慢するのは、
わが国に桜という名花があることを知らないからである。
徐福が仙薬を求めて来た時、
祥雲と見たのは咲き誇るこの桜の花であったろう。
紅枝垂桜 21.3.27 東京都清瀬市
・花下睡猫(花下の睡猫) 釋梅癡
不追𨿸犬去昇天
留住人間作嬾仙
恰似五労猶病酒
薬欄風暖背花眠
𨿸犬を追ひ去りて天に昇らず、
留りて人間に住して嬾仙[らんせん]と作[な]る。
恰も五労[ごらう]に似、猶ほ病酒[びようしゆ]のごとく、
薬欄[やくらん]風暖かく花に背きて眠る。
※不追𨿸犬去昇天:淮南王劉安が仙となって昇天した時、余った仙薬を飲んだ
鶏や犬もともに昇天したという故事を踏む。
嬾仙:怠け仙人
病酒:酔いつぶれる
薬欄:一説に芍薬を植えた囲い、別の説に「薬」「欄」ともに庭園のしきりのこと。
𨿸や犬の後について天に昇ったりせず、
この世に留まってなまけ仙人になった。
眠る姿は人を損なうという五労に似て深酔いのようであり、
薬欄に吹く風は暖かく、花に背を向けて眠っている。
辛夷 21.3.21 東京都清瀬市
【文例】 和歌へ