2008年8月15日

墨場必携:訳詞・現代詩 夏の盛  デエメル...

[訳詞・現代詩]

・夏の盛  デエメル
      訳詩 森鴎外

  わが故郷を日が染める、黄金色に。
  高穂が熟してふくれる、パンの温さに。
  黄金色であった子供時代と同じに。
  大地よ。われ汝に謝す。

  燕はわれを呼ぶ、瑠璃色の空へ。
  白雲は光の上に光を積む、塔の高さに。
  瑠璃色であった青年時代と同じに。
  太陽よ。われ汝に謝す。
               訳詩集『沙羅の木』所収



・私は太陽を崇拝する  野口米次郎

  私は太陽を崇拝する
  その光線のためでなく、太陽が地上に描く樹木の影のために。
  ああ、よろこばしき影よ、まるで仙女の散歩場のやうだ、
  其処で私は夏の日の夢を築くであらう。

  私は鳥の歌に謹聴する
  それは声のためでなく、声につづく沈黙のために。
  ああ、声の胸から生まれる新鮮な沈黙よ、死の諧音よ、
  私はいつも喜んでそれを聞くであらう。
            『巡礼』所収「私は太陽を崇拝する」より一部抜粋


20.8.3 東京都清瀬市

20.8.15 東京都清瀬市

・朝顔   野口米次郎

  太陽の最初の呼吸を感じ、君は急に暗黒の部屋を破る。
                『表象抒情詩』所収「朝顔」より一部抜粋

・泉  クブランド 
    訳詩 森鴎外

  此泉を汲まうとするな。
  闇の中でどもるやうな声をして湧いて、
  あらゆる日の光、あらゆる歓楽を
  黙つて中に隠してゐる泉だ。
 
  此泉の黄金[こがね]なす水を
  汲むことの出来る人は一人もない。
  只自分を牲[にへ]にして持つて行く人があつたら、
  此水はそれを迎へて高く迸り出るだらう。
               訳詩集『沙羅の木』所収

・菩提樹  ヴィルヘルム・ミュラー 
      訳詩 近藤朔風

 泉に沿ひて 繁る菩提樹
 慕ひゆきては うまし夢見つ
 幹には彫[ゑ]りぬ ゆかし言葉
 うれし悲しに 訪[と]ひしそのかげ
 
 今日[けふ]もよぎりぬ 暗き小夜中[さよなか]
 真闇[まやみ]に立ちて 眼[まなこ]とづれば
 枝はそよぎて 語るごとし
 「来[こ]よ いとし侶[とも] ここに幸[さち]あり」
 
 面[おも]をかすめて 吹く風寒く
 笠[かさ]は飛べども 棄[す]てて急ぎぬ
 
 はるか離[さか]りて 佇[たたず]まへば
 なほも聞ゆる「ここに幸あり」
 
 はるか離りて 佇まへば
 なほも聞こゆる「ここに幸あり」
        「ここに幸あり」
    『女声唱歌』明治42年(1909).11月



・旅人かへらず  西脇順三郎

  旅人は待てよ
  このかすかな泉に
  舌を濡らす前に
  考えよ人生の旅人
  汝もまた岩間からしみ出た
  水霊にすぎない
  この考える水も永劫には流れない
  永劫の或時にひからびる
  ああかけすが鳴いてやかましい
  時々この水の中から
  花をかざした幻影の人が出る
  永遠の生命を求めるは夢
  流れ去る生命のせせらぎに
  思ひを捨て遂に
  永劫の断崖より落ちて
  消え失せんと望むはうつつ
  そう言うはこの幻影の河童
  村や町へ水から出て遊びに来る
  浮雲の影に水草ののびる頃
           『旅人かへらず』所収「旅人かへらず」より一部抜粋


20.8.13 東京都清瀬市柳瀬川

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