墨場必携:訳詩・現代詩 夏花の歌 立原道造...
[訳詩・現代詩]
・夏花の歌 立原道造
あの日たち 羊飼ひと娘のやうに
たのしくばつかり過ぎあつた
何のかはつた出来事もなしに
何のあたらしい悔ゐもなしに
あの日たち とけない謎のやうな
ほほゑみが かはらぬ愛を誓つてゐた
薊[あざみ]の花やゆふすげにいりまじり
稚[をさな]い いい夢がゐた --いつのことか
どうぞ もう一度 帰つておくれ
青い雲のながれてゐた日
あの昼の星のちらついてゐた日......
あの日たち あの日たち 帰つておくれ
僕は 大きくなつた 溢れるまでに
僕は かなしみ顫[ふる]へてゐる
・詩 堀辰雄
天使達が
僕の朝飯のために
自転車で運んで来る
パンとスウプと
花を
すると僕は
その花を毮つて
スウプにふりかけ
パンにつけ
さうしてささやかな食事をする
この村はどこへ行つてもいい匂がする
僕の胸に
新鮮な薔薇が挿してあるやうに
そのせゐか この村には
どこへ行つても犬が居る
西洋人は向日葵より背が高い
・黄金向日葵 石川啄木
わが恋は黄金向日葵[こがねひぐるま]、
曙[あかつき]いだす鐘にさめ、
夕[ゆふべ]の風に眠るまで
日を趁[お]ひ光あこがれ、まろらかに
眩ゆくめぐる豊熱[ほうねつ]の
彩[あや]どり饒[おほ]きこがねの花なれや。
これ夢ならば、とこしへの
さめたる夢よ、こがねひぐるま。
これ影ならば、あたたかき
瑞雲[みづぐも]まとふ照日の生ける影。
円らかなれば、天蓋の
遮りもなき光の宮の如。
まばゆければぞ、王者にすなる如、
百花、見よや芝生にぬかづくよ。
今はた、似たり、かなたの日輪も、
わが恋の日にあこがれて
ひねもすめぐるみ空の向日葵[ひぐるま]に。
・沙羅の木 森鴎外
褐色の根府川石[ねぶかはいし]に
白き花はたと落ちたり、
ありとしも青葉がくれに
見えざりしさらの木の花。
・后園 吉田一穂
明るく壊れがちな水盤の水の琶音[アルペヂオ]
(日時計[サンダイアル]の蜥蜴よ)
光彩を紡ぐ金盞花や向日葵の刻
泪芙藍[サフラン]がその黄金を浪費する時
微風に展く頁を押さへて指そむる蒼翠[みどり]の......
御身、額の白く香ぐはしの病めるさ。
◎[ ]内の読みは原詩にルビで記されたもの。
・ある時 山村暮鳥
また蜩のなく頃となつた
かな かな
かな かな
どこかに
いい国があるんだ
『雲』所収
・夏花の歌 立原道造
あの日たち 羊飼ひと娘のやうに
たのしくばつかり過ぎあつた
何のかはつた出来事もなしに
何のあたらしい悔ゐもなしに
あの日たち とけない謎のやうな
ほほゑみが かはらぬ愛を誓つてゐた
薊[あざみ]の花やゆふすげにいりまじり
稚[をさな]い いい夢がゐた --いつのことか
どうぞ もう一度 帰つておくれ
青い雲のながれてゐた日
あの昼の星のちらついてゐた日......
あの日たち あの日たち 帰つておくれ
僕は 大きくなつた 溢れるまでに
僕は かなしみ顫[ふる]へてゐる
カワラナデシコ 20.7.30 東京都清瀬市野塩 明治薬科大学薬草園
・詩 堀辰雄
天使達が
僕の朝飯のために
自転車で運んで来る
パンとスウプと
花を
すると僕は
その花を毮つて
スウプにふりかけ
パンにつけ
さうしてささやかな食事をする
この村はどこへ行つてもいい匂がする
僕の胸に
新鮮な薔薇が挿してあるやうに
そのせゐか この村には
どこへ行つても犬が居る
西洋人は向日葵より背が高い
20.7.30 東京都清瀬市中里
・黄金向日葵 石川啄木
わが恋は黄金向日葵[こがねひぐるま]、
曙[あかつき]いだす鐘にさめ、
夕[ゆふべ]の風に眠るまで
日を趁[お]ひ光あこがれ、まろらかに
眩ゆくめぐる豊熱[ほうねつ]の
彩[あや]どり饒[おほ]きこがねの花なれや。
これ夢ならば、とこしへの
さめたる夢よ、こがねひぐるま。
これ影ならば、あたたかき
瑞雲[みづぐも]まとふ照日の生ける影。
円らかなれば、天蓋の
遮りもなき光の宮の如。
まばゆければぞ、王者にすなる如、
百花、見よや芝生にぬかづくよ。
今はた、似たり、かなたの日輪も、
わが恋の日にあこがれて
ひねもすめぐるみ空の向日葵[ひぐるま]に。
20.7.27 東京都清瀬市中里
・沙羅の木 森鴎外
褐色の根府川石[ねぶかはいし]に
白き花はたと落ちたり、
ありとしも青葉がくれに
見えざりしさらの木の花。
夏椿 20.4月 東京都清瀬市野塩
・后園 吉田一穂
明るく壊れがちな水盤の水の琶音[アルペヂオ]
(日時計[サンダイアル]の蜥蜴よ)
光彩を紡ぐ金盞花や向日葵の刻
泪芙藍[サフラン]がその黄金を浪費する時
微風に展く頁を押さへて指そむる蒼翠[みどり]の......
御身、額の白く香ぐはしの病めるさ。
◎[ ]内の読みは原詩にルビで記されたもの。
・ある時 山村暮鳥
また蜩のなく頃となつた
かな かな
かな かな
どこかに
いい国があるんだ
『雲』所収