2008年8月 1日

墨場必携:訳詩・現代詩 夏花の歌 立原道造...

[訳詩・現代詩]
  ・夏花の歌   立原道造

  あの日たち 羊飼ひと娘のやうに
  たのしくばつかり過ぎあつた
  何のかはつた出来事もなしに
  何のあたらしい悔ゐもなしに

  あの日たち とけない謎のやうな
  ほほゑみが かはらぬ愛を誓つてゐた
  薊[あざみ]の花やゆふすげにいりまじり
  稚[をさな]い いい夢がゐた --いつのことか

  どうぞ もう一度 帰つておくれ
  青い雲のながれてゐた日
  あの昼の星のちらついてゐた日......

  あの日たち あの日たち 帰つておくれ
  僕は 大きくなつた 溢れるまでに
  僕は かなしみ顫[ふる]へてゐる 


       カワラナデシコ 20.7.30 東京都清瀬市野塩 明治薬科大学薬草園  

  ・詩   堀辰雄

  天使達が
  僕の朝飯のために
  自転車で運んで来る
  パンとスウプと
  花を

  すると僕は
  その花を毮つて
  スウプにふりかけ
  パンにつけ
  さうしてささやかな食事をする

  この村はどこへ行つてもいい匂がする
  僕の胸に
  新鮮な薔薇が挿してあるやうに
  そのせゐか この村には
  どこへ行つても犬が居る

  西洋人は向日葵より背が高い



                   20.7.30 東京都清瀬市中里

  ・黄金向日葵   石川啄木

  わが恋は黄金向日葵[こがねひぐるま]、
  曙[あかつき]いだす鐘にさめ、
  夕[ゆふべ]の風に眠るまで
  日を趁[お]ひ光あこがれ、まろらかに
  眩ゆくめぐる豊熱[ほうねつ]の
  彩[あや]どり饒[おほ]きこがねの花なれや。

  これ夢ならば、とこしへの
  さめたる夢よ、こがねひぐるま。
  これ影ならば、あたたかき
  瑞雲[みづぐも]まとふ照日の生ける影。

  円らかなれば、天蓋の
  遮りもなき光の宮の如。
  まばゆければぞ、王者にすなる如、
  百花、見よや芝生にぬかづくよ。

  今はた、似たり、かなたの日輪も、
  わが恋の日にあこがれて
  ひねもすめぐるみ空の向日葵[ひぐるま]に。


                  20.7.27 東京都清瀬市中里

  ・沙羅の木   森鴎外

  褐色の根府川石[ねぶかはいし]に
  白き花はたと落ちたり、
  ありとしも青葉がくれに
  見えざりしさらの木の花。


                夏椿 20.4月 東京都清瀬市野塩

  ・后園   吉田一穂

  明るく壊れがちな水盤の水の琶音[アルペヂオ]
  (日時計[サンダイアル]の蜥蜴よ)

  光彩を紡ぐ金盞花や向日葵の刻
  泪芙藍[サフラン]がその黄金を浪費する時

  微風に展く頁を押さへて指そむる蒼翠[みどり]の......
  御身、額の白く香ぐはしの病めるさ。
 ◎[ ]内の読みは原詩にルビで記されたもの。

  ・ある時   山村暮鳥

  また蜩のなく頃となつた
  かな かな
  かな かな
  どこかに
  いい国があるんだ
            『雲』所収

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