2022年12月4日から現代美術画廊√kで開催された「生誕110年 HIDAI NANKOKU」は、一ヶ月の期間延長の後、2023年2月4日(土)に無事終了しました。
今年になってから、二つのイベントが行われましたので、まとめてご報告したいと思います。
まずは、2023年1月28日(土)14:30〜16:00に行われた「京都芸術大学書画コース特別講義」です。
パソコンを接続して、いよいよ始まります。
左が、京都芸術大学教授の桐生眞輔先生。
パソコンとプロジェクターをご持参くださり、お一人ですべてを準備してくださいました。
現場では、私は配信されている画像をパソコンで見ているのですが、観客のみなさんと同じ画面なので、鏡で見るのと左右が逆になります。
なので、首を左に傾けると、画面では右に傾く(実際にやってみた)という、不思議な世界。
講義が始まると、こんなふうに右上に私が出ます。
すごい!
講義は、最初にパワーポイントで作った画像を見ながら、そして後半は展示を見ながらお話をしました。
後半へ以降するため、撮影機材をパソコンからアイフォンへ切り替えるのですが、すべてスムーズに行われたのには感心しました。
上の写真の左端が私、その右でアイフォンを構えていらっしゃるのが桐生眞輔先生です。
この作品では、墨線の中に印が押してありますよ。
ええっ? ほんとだ!
実際の展示を見ながらなので、迫力満点です!
このZOOM講義では、すごい事件が起こりました。
ニューヨーク・タイムズに南谷の記事を書いてくださったエリーゼ・グリリさんのご子息、ピーター・グリリさん(ボストン在住・現在はボストンのジャパン・ソサエティー名誉会長)が、日本に住むお知り合いからこの展覧会とZOOM講義を知り、連絡をくださったのです!
ピーターさんは、もちろん南谷をよくご存知で、私の兄、比田井健の親友でした。
私も何回もお目にかかった(いっしょに呑んだ)こともあり、ビデオの音楽について相談したこともありました。
なんて懐かしい!
そして、ライブ中継は、ボストンでは真夜中であったにもかかわらずご視聴くださり、書き込みまでしてくださったのです。
お母さまであるエリーゼ・グリリさんは、1947年から日本に在住し、ジャパン・タイムズの批評家として、また東洋芸術史の教授として、東京で活動なさいました。
エリーゼ・グリリさんの記事(ニューヨーク・タイムズ・1965年1月31日)は南谷オフィシャルサイトで紹介していますが、ほかにも記事がたくさんあるそうです。
上は、ピーターさんが送ってくださったものの一つで、テーマは「線の質、柔と剛」。
書の本質を突いた優れた論考です。
エリーゼ・グリリさんは、戦後の日本の書を語る上で、もっと注目されるべき方だと思います!
海を超えて、このようなすばらしい副産物を生んだZOOM講義。
今度、私もやってみよう! と決意したのでした。
続いて、12月3日(金)17:00から、ギャラリートークが開催されました。
左でマイクを手にしていらっしゃるのはメインゲスト、保坂健二朗さん。
東京国立近代美術館主任研究員を経て、現在は滋賀県立美術館のディレクター(館長)です。
これまで東京国立近代美術館では「フランシス・ベーコン展」(2013)など多数の展覧会を企画。
国外の美術館の企画にも多数携わっていらっしゃいます。
今回のお話で、国立近代美術館のときから書に興味をお持ちだったことがわかりました。
右側のテーブル、私の右は高橋進氏(ムー教授)です。
学習院大学大学院人文科学研究科哲学専攻博士課程単位取得退学。
専攻は西洋近代哲学・思想史。
日本女子体育大学教授となり、2015年定年退職して、アトリエで南谷が残した大量の資料の存在を知り、これはきちんと残さなくては! と考えたそう。
2016年には比田井南谷オフィシャルサイトを立ち上げ、その後もレポートを更新し、ついに英語版も作り、現在書籍を準備中です。
保坂さんの専門は絵画なのですが、書もお好きで、近代美術館の頃には、書の企画を出したこともあったそうです。
お話は、なんと、国公立美術館に収蔵される書の作品がとても少ないということから始まりました。
南谷の「電のヴァリエーション(1945年)」が、時代を画する作品であるにもかかわらず、千葉市美術館に買い上げられるまでアベイラブルではなかったことに驚いたそう。
この作品は、それまでどこにあったのですか? と聞かれたので、そもそもどこにあるかわからなかったのだとお答えしました。
父に聞いたら表具屋さんにあるかもしれないと手紙を見せられ、その表具屋さんに行ったら保管してくださっていたことがわかり、返却してもらった、という事情があります。
(表具屋さんの名前を忘れた)
発見した日は、スペースシャトル・チャレンジャー号が打ち上げ直後に爆発した日(1986年1月28日)だったので、今でもその日のことは鮮明に覚えています。
保坂さんは超多忙にもかかわらず、なかなか目にすることができない資料を駆使してお話してくださいました。
1956年の銀座養清堂画廊での個展パンフレットを引用されたのにはびっくり!
ここに、南谷の姉、千鶴子の夫だった角浩さんの文章があり、そこにカンディンスキーの名前が出てくることに触れ、電のヴァリエーションはカンディンスキーの影響だったのではないかとおっしゃったので、それは違う! と強く申し上げました。
電のヴァリエーションを書き上げたとき、角浩さんに見せたところ「日本のカンディンスキーだ」と言われ、自分はカンディンスキーを知らなかったのでさっそく本(ドイツ語の「点、線から面へ」)を取り寄せて読んだ、という本人の文章が残っています。
そもそも比田井天来に「象(文字を書かない書らしきもの)」という思想があり、南谷の前衛書は西欧ではなく、日本の「書」の延長として生まれたものであることを、再び強調しておきたいと思います(きっぱり)。
詳細は「日本の前衛書の光芒」参照。
予定の20時を過ぎ(たのにもかかわらず)、ムー教授(高橋進氏)から興味深いお話がありました。
書の時間性についてです。
南谷は、書き始めから書き終わりまで、一回性のものとして捉えている。
そして、線の動きの中に自分自身の全人間が、隠してもあらわれてしまう。
だから、現在の自分を表現するために、線の動きの中に、立体的に、時間的な前後関係をきちんと入れなければいけないと考えたのではないか。
このあと、保坂さんが、かつて東京新聞に掲載された南谷の文章を紹介してくださいました。(すごい)
書を絵画を区別する特徴は「時間性」ではないか。
字を書くという行為には始まるところと終わるところがあって、その間には一本の時間の流れがある。
私のように文字性を捨象した場合にも、時間的な順序はある。
線の速度には、音楽のような絶対速度はない。
書の線の速度は心理的な速度で、遅く書いても速く見えるし、速く書いても遅く見える。
これは結局、書には意先筆後というものがあって、書きたいものが本当に気持ちの中に来たときにうまくいく。
それは私たち前衛書でも古典的なものでも同じことです。
書の秘密に迫る内容になってきましたが、残念ながら時間切れ。
保坂さんのお話には「筆勢」や「筆意」などという専門用語も出てくるし、副島蒼海や森田子龍、井上有一なども登場し、本当に書に興味を持っていらっしゃることがわかりました。
今後もこういう機会を持てるといいなと思います。
(ライブ中継すればよかった)
また、ツイッターで、「神楽坂のルートKでの比田井南谷展は明日4日まで。この左の作品とか、ほんと、すごいので、特に平面やってる人は、絶対見逃さないでほしい。」とつぶやいてくださったので、4日の最終日には、それまでにない大勢の方が来廊してくださいました。
去年から今年にかけて、春日井市道風記念館と√k Contemporary で相次いで開催された比田井南谷展。
「美術手帖2023年1月号(椹木野衣氏)」や「アートコレクターズ2023年2月号(南島興氏)」などでも紹介され、私にとって、南谷についてもう一度考えるチャンスとなり、心から感謝申し上げる次第です。
なお、√k Contemporary の展覧会については、南谷に関心を持つ方々へのインタビューを収録しましたので、展示内容とあわせて動画を作成中。
You Tubeに上げるつもりですので、完成しましたら紹介します。
(春日井市道風記念館の動画はこちら)