神楽坂にある現代美術画廊、√k Contemporary (ルートk コンテンポラリー)で「比田井南谷生誕110年 HIDAI NANKOKU」が開催されています。

 

 

開催期間が延長になり、1月10日から2月4日までは後期展示になります。

前期は展示されなかった作品も、10点ほど見ることができます!

 

南谷の父、比田井天来は、一つのところにとどまることを嫌い、その作品は変貌を遂げ続けました。

南谷の作品も、次々に変化していきます。

展示は年代順になっていますので、作家の心の変化もあわせて鑑賞いただけます。

 

 

南谷の作品の中で一番有名なのは、1945年に書かれた「心線作品第一・電のヴァリエーション」でしょう。

左の壁面に展示されているのは、その後に続く年に書かれた作品です。

左から「作品5(成)」1947年、「作品6(鼎と彙)」1947年、「作品7(鳥と弓)」1949年です。

いずれも「古籀彙編」の中の字形にヒントを得ています。

( )の中が、南谷にインスピレーションを与えた文字です。

もっと詳しく知りたい方は、南谷ホームページレポートVol.20をご覧ください。

 

この壁の一番右の作品は南谷作品の中でも異色作です。

篆書だから読めない! とあきらめないでください。

よく知られている文章です。

 

子曰。吾十有五而志于学。三十而立。四十而不惑。五十而知天命。六十而耳順。七十而従心所欲不踰矩。

子曰く、吾十有五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳順う。七十にして心の欲する所に従えども矩を踰えず 。

 

「論語」です。

文字の表情がおもしろいですね。

 

 

さて、その右側の壁面では、作風がガラリと変わります。

左の2点、「作品45」「作品42」は1956年の作品です。

右「作品58-3B」は1958年の作品で、この年から作品名が「年代-制作順」になります。

 

これらの作品に、文字の痕跡はありません。

左の2点は背景に薄い色の墨をちらばせて、その上に濃墨で書いています。

また、右の「作品58-3B」は、なんと、拓本の上に書かれているんです!

 

実は、これらを遡ること2年、1954年の秋、ちょっとした出来事がありました。

毎日書道展で出会った美術評論家が南谷にこう言ったのです。

「抽象絵画と前衛書との相違点は、用材の相違以外には考えられない。」

 

常識的に決めつけられると黙っていられないのが南谷です。

南谷の反論は

「書の芸術的本質は鍛錬された筆線による表現にあるので、(筆・墨・紙といった)用材は単なる媒体にすぎない。」

 

これを証明するために、南谷は新たな実験を始めます。

紙と筆にこだわらず、さまざまの媒体を使って作品を作り始めたのです。

 

上の2点には油絵の具が使われています。

左の「作品57-10」はキャンバス、右の「作品35」(1956年)はファイバーボードに書かれています。

 

1956年の「週刊朝日」に、南谷が類似した作品を書いている写真が掲載されています。

確かに油絵具です!

作品の後ろの書棚には、父、天来から譲り受けた拓本や影印本がぎっしりつまっています。

革新と伝統の、このギャップこそ、南谷!

 

 

さて、この頃、日本の前衛書道は注目を集め、海外からも興味をもつ人々が来日するようになりました。

1957年、第4回サンパウロ・ビエンナーレに「墨象」部門が作られ、井上有一と手島右卿が選ばれました。

来日したキュレーター、ペトローザに面会した南谷は、自ら通訳を買って出ました。

英会話を学んでいたのです。

 

1959年11月26日、比田井南谷はシェーファー図案学校の招聘を受けて、サンフランシスコへと旅立ちました。

目的は、書という芸術を欧米のアーティストに紹介すること。

自らの作品のほかに、書道に関する書籍1000冊と拓本十数点を船便で運びました。

サンフランシスコの個展と拓本展、アーティストを対象とした書道教室は評判を呼び、ニューヨークでも個展を開き、ニューヨーク近代美術館が作品を購入するなど、大成功をおさめました。

 

渡米に関するブログはこちら

 

日本を離れて単身アメリカに渡り、一年半にわたるアーティストや評論家との交流。

南谷の作品はどのように変化したでしょうか。

 

なんということでしょう!

あのダイナミックさは姿を消し、細い線が空間を輝かせています。

 

南谷の親友(お酒を飲んで議論白熱)だった岡部蒼風先生は次のように書いています。

 

彼は、これらの作品において一つの実験を行なっている。

それは、減筆された細い線を用いて、しかも筆意がいかに空間を支配し、古典のある種の傑作に見られるような、強い造型性を創造することができるかどうかという試みである。

もし、書の本質が筆意の表出にあるとすれば、この時点から、その本質的な意味での書が始まったということができる。

また、彼自身の内にある「陰」の面を自覚して、それを正直に打ちだす勇気をもち得たことを示している。

  (岡部蒼風「南谷の人と作品」『比田井南谷作品集』書学院出版部 1987年)

 

 

しかし、この作風も数年で変化します。

 

展示室の一番奥に展示されている作品2点です。

左は「作品64-29」(93.5×185cm)。

テレビの「ぶらぶら美術・博物館」で紹介されましたね。

 

右側の作品は「作品70-A」(133×165cm)。

まくりで保存されていたものを表具しましたので、初公開です。

 

これらの作品には、南谷独特の「不思議な墨」が使われています。

 

南谷は中国の古い墨を集めていましたが、ある日、2種類の中国の古墨を磨り混ぜてみたところ、硯の中で分離して、このような立体的な効果があらわれたのです。

南谷は狂喜しました。

その墨は、書いた時の筆の動きをそのまま紙面に定着させたからです。

偶然が入り込む余地を与えず、ありのままの心があらわれる墨。

 

この墨を使って、南谷は大量の作品を書きました。

ニューヨーク近代美術館にも、この時期の「作品63-14-3」が収蔵されています。

南谷ホームページの美術館収蔵作品はこちら

 

 

 

 

続いて別の壁面に移動しましょう。

「作品63-2-1 」と「作品63-4」。

上から下へ、筆順があります。

書的な表現とは何か、追求を続けています。

 

下に階段が見えますね。

2階に上がっていきましょう。

 

おっと、階段の途中で下を見てください。

「鳩」です。

今回の文字作品は、この「鳩」と「篆書論語」の2点のみ。

それ以外は文字ではありません。

 

 

2階に上がってきました。

上ってきた階段は向かって右にありますので、右から見てください。

 

右の壁に展示されている「作品64-1」は、少し淡い「不思議な墨」の効果と、むくむくとした線のコントラストがおもしろい。

その左の「作品64-6」は濃墨作品です。

首を右に傾けると「2.15」になる(なんだそれは)。

 

左の壁面右は「作品67-3」。

 

1967年の作品は、それまでの力のこもった作風から変化して、安らかで瀟洒な趣きをもち、ときにユーモアが感じられます。

これは、居延漢簡に見られる人の顔のような形からヒントを得た作品。

 

その左は「作品67-10」です。

 

この時代の作品は、以前と異なった技法で作られました。

 

水に強い作品にするため、ベニヤ板に鳥の子紙を貼り、リキテックスのジェッソを鳥の子紙と同じ色に調合して数回塗って下地を作り、不思議な墨で書きます。

失敗したら墨汁を集めて再使用できるので、お気に入りの墨を倹約することができます。

そして満足のいく作品ができたら、その上にアクリルのマットニスを塗って墨を保護するので、丈夫になります。

 

そして、なんと南谷は、個展のパーティーで、作品の一つをテーブル代わりに使い、飲み物などで汚れた作品をクレンザーで拭いてみせたとか!

そんなばかな! と思いますよね。

そういうこと、好きなんです、南谷っていう人は。

 

反対側の壁面です。

左から「作品64-A」、「作品79-5」、「作品73-2」。

小品が3点あって、最後が「作品80-1」。

最後の作品がよく見えないですって?

会場でゆっくり見てください。

印が真ん中にあります。

 

この階では、スペシャルムービーを放映しています。

南谷が不思議な墨を使って作品を書いている映像や、アメリカでアーティストと交流している映像を見ることができます。

 

最後に

受付で、南谷関係の書籍やグッズを販売しています。

昨年、春日井市道風記念館で開催された「比田井南谷〜線の芸術」展の図録(「電のヴァリエーション」も載っています)や、南谷著「中国書道史事典」、「DVD比田井南谷」、南谷編「集空海書般若心経」の写経セットとクリアファイルです。

 

今後開催されるイベント

2023年2月3日(金)19時よりギャラリートーク

1月28日(土)14:30 より、京都芸術大学 書画コースの特別講義

それぞれの詳細は追ってお知らせします。

 

√K Contemporary(ルートKコンテンポラリー)

住所 東京都新宿区南町6

電話 03-6280-8808

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