墨場必携:散文 冬の日
・「冬の日」(梶井基次郎)より一部抜粋
冬陽は郵便受のなかへまで射しこむ。路上のどんな小さな石粒も一つ一つ影を持っていて、見ていると、それがみな埃及(エジプト)のピラミッドのような巨大(コロッサール)な悲しみを浮かべている。(一)
展望の北隅を支えている樫(かし)の並樹は、ある日は、その鋼鉄のような弾性で撓(し)ない踊りながら、風を揺りおろして来た。容貌をかえた低地にはカサコソと枯葉が骸骨(がいこつ)の踊りを鳴らした。
そんなとき蒼桐の影は今にも消されそうにも見えた。もう日向とは思えないそこに、気のせいほどの影がまだ残っている。そしてそれは凩(こがらし)に追われて、砂漠のような、そこでは影の生きている世界の遠くへ、だんだん姿を掻(か)き消してゆくのであった。(一)
街路樹から次には街路から、風が枯葉を掃ってしまったあとは風の音も変わっていった。夜になると街のアスファルトは鉛筆で光らせたように凍(い)てはじめた。(四)
20.11.28 東京都清瀬市
【文例】 近現代詩へ