みやと探す・作品に書きたい四季の言葉

連載

第39回 夏景色:ひまわり、沙羅の木(夏椿)

「泉鏡花集」を開くみや

20.7.28 東京都清瀬市

1 太陽の花
  暑中お見舞い申し上げます。
  炎暑が続きます。ほぼ亜熱帯の気候になるこの日々は、過ごしにくいとはいえ一年の一時期のこと、激しければ激しいほど夏の醍醐味を感じさせてもくれますね。

  この頃の灼熱の日差しに似合う花と言えば向日葵(ひまわり)でしょう。昔は小学校の花壇にもよく作り、子供にも身近な花でした。よほど植物に関心のない人でも向日葵を知らない人はいないと思われます。


20.7.28 東京都清瀬市

向日葵は金の油を身にあびて ゆらりと高し日のちひささよ
                               前田夕暮


  向日葵は花の大きさと明るい黄金色が印象的ですが、形だけ見れば可憐なマーガレットの姿にもよく似ています。キク科の植物なのです。原産地は北アメリカ大陸西部。既に紀元前からインディアンはこれを食用として栽培していました。コロンブスのアメリカ大陸発見後の1510年、スペイン人が種を持ち帰り、マドリード植物園で栽培を開始したのが故郷を出た始めです。海を越えた当初は「インディアンの太陽の花」「ペルーの黄金の花」と呼ばれていました。


20.7.27 東京都清瀬市

  スペインを出るまでに約一世紀を要し、17世紀になって、フランス、ロシアに伝えられました。ロシア正教には断食の習慣があり、伝統的に多くの食物が宗教的に禁じられていた中で、あとから伝わった向日葵はその禁止リストになかったために、ヒマワリの種は断食期に貴重な油脂食物として正教徒に迎えられました。そのような事情で、ロシアは早い頃から食用向日葵の主要生産国になったのです。太陽の寝殿の花畑が、北の大陸に拡がっていたというのは思いがけないことでした。   ちなみに、日本に渡ってきたのも17世紀のころです。観賞用ではなく漢方薬として、乾燥した種子を用いたのでした。生薬名を「向日葵子」(ひゅうがあおいし)と言います。   拠って、古典の詩歌にこれを見ることはありません。夏の光を浴びて立つ盛んな向日葵の風情が夏の風物として定着するのは実はごく近年のことであって、この花がまとうさまざまなイメージはおおもとに西洋の伝説や文学の影響を受けているようです。

20.7.27 東京都清瀬市

2 あなたのため
    わが恋は黄金向日葵[こがねひぐるま]、
    曙[あかつき]いだす鐘にさめ、
    夕[ゆふべ]の風に眠るまで
    日を趁[お]ひ光あこがれ、まろらかに
    眩ゆくめぐる豊熱[ほうねつ]の
    彩[あや]どり饒[おほ]きこがねの花なれや。
                 「黄金向日葵」 石川啄木


20.7.28 東京都清瀬市

  向日葵は太陽のある方向に顔を向け、日の廻るのを追って花の向きを変えると知られて、イタリア・スペインのラテン語系統、また伝播の早いフランス語やロシア語の名称はみな「太陽について廻る花」の意味を持っています。和名[ひ・まわり]の由来もここにあります。花言葉は「あなたを見つめている」。

  昭和40年代末のアイドルに「ひまわり娘」という愛称の人がいました。デヴュー曲がそのまま愛称になったのだったと思われますが、「誰のために咲いたの それはあなたのためよ」という歌い出しでした。きれいな旋律は今日でも“懐かしの歌謡曲”のような音楽番組で聴くことがあります。「いきなりこんなこと言って迫られたら引くなあ」と、我が家の男性陣は(ひたちは分かりませんが)一様に弱々しい感想を述べていますが、テーマが向日葵ならば、「あなたを見つめている」花なのですから、こういう訴え方も分からないではありません。



  向日葵は大きなたくましい造りで、実におおらかな容姿の花でありながら、陽を追って廻るという運動が、憧れて仰ぎ、見つめ続ける乙女のたたずまいに重ねられて、柄の割にいじらしいイメージになるのだろうと思われます。


花をのぞき込む小鳥 20.7.30 東京都清瀬市

  ギリシア神話ではこの花は、太陽神アポロンに恋をして報われなかったクリュティエという乙女の化身です。海神の娘クリュティエは太陽神アポロンに恋をして、9日の間地上にただ立ち尽くして日の出から日没までただアポロン(太陽)を見つめつづけます。花言葉には「あなたはすばらしい」というのもあるようです。しかしアポロンには受け入れられず、とうとうそのまま向日葵の花になってしまったといいます。

  ギリシャ神話の太陽の花ヘリアントス(helios[太陽]・anthos[花])はもとはキンセンカのことを指していましたが、現在ではヒマワリの学名に置きかえられています。


20.7.28 東京都清瀬市

3 実は東向き
  向日葵は日廻(めぐ)りの花、太陽の方向に顔を向けて一日中頚を回しているのだと、私はつい最近まで思いこんでおりました。しかし、向日葵の生態は生長にともなって変わり、向日葵が実際に太陽を追って動くのは生長途上に限られるのだそうです。
  茎の上部の葉は太陽に向かって朝は東を向き、太陽の動きにつれて日没には西向きに終わります。そして、夜の間にまたニュートラルに戻り、夜明け前にはまた東を向くのだということです。
  この一日の運動は莟を付ける頃まで続き、生長が止まる開花の時にはもうこの通りではありません。しかし、夜明け前に東を向く習性はその後も残るため、向日葵は咲いた後は基本的に東向きであると言います。お近くに見られる向日葵で確かめてご覧になって下さい。もしこのことが確かなら、咲いている向日葵は東の方位の指標になりますね。


夕焼け 20.7.27 東京都清瀬市中里

4 衛星と農業 人間の土地
  東京都清瀬市の気象衛星センターの前の通りは、気象衛星「ひまわり」の名前にちなんで「ひまわり通り」と呼ばれています。この近くに今の時期、10万本の向日葵が咲き拡がる向日葵畑があります。この規模は東京近郊では最大ということです。もとより緑地を多く残し、さらに農業を生活から手放すまいという意識的な努力もしている清瀬市にふさわしい試みでしょう。茹だるような暑さの中でも10万本の向日葵の景色は壮観です。元気の出る風景を眺めたい方、猛烈な暑さの醍醐味を味わいたい方に、お出かけをお薦めします。

◎今回掲載の向日葵の画像はすべてこの向日葵畑で撮影したものです。

【文例】

[和歌]

  ・向日葵は金の油を身にあびて
   ゆらりと高し日のちひささよ
                  前田夕暮

[訳詩・現代詩]
  ・夏花の歌   立原道造

  あの日たち 羊飼ひと娘のやうに
  たのしくばつかり過ぎあつた
  何のかはつた出来事もなしに
  何のあたらしい悔ゐもなしに

  あの日たち とけない謎のやうな
  ほほゑみが かはらぬ愛を誓つてゐた
  薊[あざみ]の花やゆふすげにいりまじり
  稚[をさな]い いい夢がゐた —いつのことか

  どうぞ もう一度 帰つておくれ
  青い雲のながれてゐた日
  あの昼の星のちらついてゐた日……

  あの日たち あの日たち 帰つておくれ
  僕は 大きくなつた 溢れるまでに
  僕は かなしみ顫[ふる]へてゐる 


       カワラナデシコ 20.7.30 東京都清瀬市野塩 明治薬科大学薬草園

  ・詩   堀辰雄

  天使達が
  僕の朝飯のために
  自転車で運んで来る
  パンとスウプと
  花を

  すると僕は
  その花を毮つて
  スウプにふりかけ
  パンにつけ
  さうしてささやかな食事をする

  この村はどこへ行つてもいい匂がする
  僕の胸に
  新鮮な薔薇が挿してあるやうに
  そのせゐか この村には
  どこへ行つても犬が居る

  西洋人は向日葵より背が高い



20.7.30 東京都清瀬市中里

  ・黄金向日葵   石川啄木

  わが恋は黄金向日葵[こがねひぐるま]、
  曙[あかつき]いだす鐘にさめ、
  夕[ゆふべ]の風に眠るまで
  日を趁[お]ひ光あこがれ、まろらかに
  眩ゆくめぐる豊熱[ほうねつ]の
  彩[あや]どり饒[おほ]きこがねの花なれや。

  これ夢ならば、とこしへの
  さめたる夢よ、こがねひぐるま。
  これ影ならば、あたたかき
  瑞雲[みづぐも]まとふ照日の生ける影。

  円らかなれば、天蓋の
  遮りもなき光の宮の如。
  まばゆければぞ、王者にすなる如、
  百花、見よや芝生にぬかづくよ。

  今はた、似たり、かなたの日輪も、
  わが恋の日にあこがれて
  ひねもすめぐるみ空の向日葵[ひぐるま]に。


20.7.27 東京都清瀬市中里

  ・沙羅の木   森鴎外

  褐色の根府川石[ねぶかはいし]に
  白き花はたと落ちたり、
  ありとしも青葉がくれに
  見えざりしさらの木の花。


夏椿 20.4月 東京都清瀬市野塩

  ・后園   吉田一穂

  明るく壊れがちな水盤の水の琶音[アルペヂオ]
  (日時計[サンダイアル]の蜥蜴よ)

  光彩を紡ぐ金盞花や向日葵の刻
  泪芙藍[サフラン]がその黄金を浪費する時

  微風に展く頁を押さへて指そむる蒼翠[みどり]の……
  御身、額の白く香ぐはしの病めるさ。
 ◎[ ]内の読みは原詩にルビで記されたもの。

  ・ある時   山村暮鳥

  また蜩のなく頃となつた
  かな かな
  かな かな
  どこかに
  いい国があるんだ
            『雲』所収


よく見ると蝉 20.7.30 東京都清瀬市

    7月29日深夜、庭の柿の木に今年初めての蝉の声がしました。夜中でありました
   が、猫の皆さんは揃って飛び起きて、庭に面した居間のガラス戸に顔をくっつけて
   音に聞き入っていました。ひたちには生まれて初めての蝉の声です。
    その日から毎朝、新しい蝉の殻が庭に見つかります。

    暑さにも少し慣れてきたのか、7月の始めよりふたりとも元気です。ひたちのいた
   ずらも前のように盛んになり、みやも機嫌よく御飯を食べるこの頃です。



        取り込んだ洗濯物を咥えて走るのがなぜか幼猫の頃から大好きなふたり。
        靴下で遊んで、ついに履いてみる。



        みやはマグロを、ひたちはシャケを食べています。
        本当はキャットフードだけの食事が理想的と言われますが、我が家の
        にゃんこたちは家族の食事に興味津々で、時々お魚アリの暮らしです。
        食器はこのくらい離さないと、早食いのひたちがみやのお皿の残りに
        関心を持ち、「見た」だけでみやに怒られてしまいます。
        大きさは約二倍になりましたが、相変わらずみやが強いお姉さんです。

    廊下から二階へ上がり降りしての運動会も復活しました。体重増加で、すさまじい
   足音を立てるのはひたちですが、みやはウニャウニャ怒りながら走るので、それも
   結構やかましい。 

    ふたりの物音がしなくなったなと思ってふと見ると、テーブルの下、足許に落とし
   物のようにひたちが寝ていたりします。
    そんな時みやを探すと、みやはちゃんと長椅子の上などに寝ています。





    幼い頃の猫は、急に眠くなるのかも知れない、と常々疑っています。寝るべき場
   所を決めてそこにたどり着く前に寝入ってしまうのではないか、と想像してしまう
   ようなおかしな場所に落ちているようなひたちの寝姿をよく目にします。みやも今
   よりはいろいろな場所で昼寝していたような気がします。



       風の通る部屋の窓近い長椅子は、ひたちも気に入ってよくここにいます。



       キョウチクトウ 20.7.30 東京都清瀬市野塩 明治薬科大学薬草園




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