みやと探す・作品に書きたい四季の言葉

連載

第25回 明けの春:清新・始まる・かぞえ歌

「泉鏡花集」を開くみや
 

1 ひと夜明くれば

  一つとや ひと夜明くれば
  にぎやかに にぎやかに
  お飾り立てたり 松飾り 松飾り
             (「かぞへ歌」より)

  あけましておめでとうございます。新しいカレンダーに掛け替えてまた一年の始まりです。切れ目なく続く時間が大晦日の日付を越えると、それだけで世界が変わったように感じられるのは不思議なことです。このひと夜が明けるということに大きな意味があるのでしょう。昔の人もそこは同じだったようで、数多くの古典作品が、もの皆新しく見えるこの迎春の感動を綴っています。

  『徒然草』19段は四季の移り変わりの妙を綴った段です。初草が萌え出づる頃から述べ始め、季節の推移に従って書き進め、最後に大晦日から新年の朝の様子を語って年を一巡します。その段末、新年の記事を見てみましょう。

  かくて明けゆく空の気色、昨日にかはりたりとは見えねど、ひきかへ珍しき心地ぞする。大路のさま、まつ(松)立てわたして、花やかにうれしげなるこそ、またあはれなれ。
(こうして空けてゆく空の様子は、昨日までとくっきり変わったとは見えないが、見る心には打って変わって新鮮な感じがする。表通りの様子はと言えば、家々が松飾りをずらりと立て渡して、華やかに実に嬉しそうなのもまた新春らしい風情がある。)

  目に映る自然の方は別段「昨日にかはりたり」とは見えないのだけれど、「ひきかへ(打って変わって)」珍しい感じがする。つまり、見る側の心が改まっているのだと、当然のように述べています。


 

  私たちが目にする古典作品の新年は陰暦の新年です。陰暦の日付は今のカレンダーとはひと月以上のズレがあります。現行暦では夜の長さがもっとも長いとされる冬至(今冬の日付で言えば12月22日}から約一週間で元旦を迎えますが、陰暦時代は冬至からひと月半ほども過ぎてから新年になります。初日(はつひ)は現在の初日より早く昇り、日の入りも遅くなります。一日の日照時間から見ればすでにかなり明るい時候になっています。早くも梅はほころび始め、春の花の蕾が話題になる頃です。現行暦では「新春」はあくまで形式上のものですが、陰暦時代の元日はごく浅い程度ではあっても春の始まりは現実として目に見え肌に感じられる時期になっていたと言えます。暦が改まってこの時期を迎えた人々には、本当に新しい春が来たと感じられたことでしょう。『新古今和歌集』に仮名序を書いた12世紀の天才歌人摂政藤原良経が、

  冬の夢のおどろきはつるあけぼのに春のうつつのまづ見ゆるかな
 (冬の夢から目を覚ましきって迎えた夜明けの光に、今が春であるという
  現実が確かに見えることですよ)

と新春のときめきを詠むことができたのも、当時の元旦が「春のうつつ(現実)」と言って人が納得する季節であったからこそです。
  このように古典上の「新年」は明らかに現在とは気候が違うのですが、今日の私たちにも実感を以て受け止めることができるのは、明けて年が変わるとそれだけでもの皆が違って見えるという精神の感動です。

  わか水にまなこあらひてうち見ればあたらしからぬものなかりけり
 (新年初めて汲んだ水で眼を洗い、その眼で見れば、新しくないものはない
  のだった)  阪正臣『三拙集』(昭和2年)

 

2 かぞえ歌


  初春の、何ごとも新しく始まるこの時期にちなんで、以前『たびかがみ』(比田井小琴)御紹介の連載で「いろは歌」を取り上げたことがありました。周知のとおり、「いろは歌」は47ある仮名文字を一回ずつすべて使って意味の通る歌に仕上げられたものです。成立事情は全く分かりませんが『古今和歌集』ができる10世紀始めにはすでにありました。内容が「大般涅槃経」(だいはつねはんぎょう。4世紀初頭成立)の翻訳だとも言われて、作者は空海であるとか慈鎮であるなど仏教関係者であるとする説が自然に伝承されて参りました。同様の歌で「いろは歌」よりやや古いものに「あめつちの歌」と呼ばれるものがあります。

  あめ(天) つち(地) ほし(星) そら(空)
  やま(山) かは(河) みね(峰) たに(谷)
  くも(雲) きり(霧) むろ(室) こけ(苔)
  ひと(人) いぬ(犬) うへ(上) すゑ(末)
  ゆわ(硫黄) さる(猿) おふせよ(生ふせよ)
  えのえを(榎の枝を) なれゐて(馴れゐて)

これも「いろは歌」同様手習い歌として用いられました。こう見ると、始めのあたりは「天地玄黄」で始まる『千字文』を思わせる言葉の並びです。作者は明らかではありませんが、おそらくこれを作る時にその作者の頭にも『千字文』の配列はあったのでしょう。後半ことに終わりの部分は何を意味しているか分かりにくく、これを暗号として詠むミステリー小説もありました。小説の推理ではこの歌は何らかの罪を得て憤死した柿本人麻呂の獄中の作ということでしたが、検証できるものではありません。年頭にあたり、始めの一歩として手習いの「あめつちの歌」また、【文例】には各種かぞえ歌も加えて、今年のスタートと致します。

(20.1.1)
 



























本居宣長自筆短冊
[釈文]
  年のはじめによめる
さし出(いづ)る此の日の本のひかりより
こまもろこしも春をしるらむ
                 宣長


【文例】

[漢文]

 正月・孟春・初春・献春・首春・月正・正歳・首歳 などと表される。
 この月詩に詠まれるのは元旦、人日(じんじつ・1月7日)、上元(1月15日)の行事。陰暦の正月頃としての植物は梅、柳、水仙、山茶(つばき)などが詠まれる。

 ・正月   唐 李賀

 上楼迎春新春帰
 暗黄著柳宮漏遅
 薄薄淡靄弄野姿
 寒緑幽風生短絲
 錦牀暁臥玉肌冷
 露瞼未開対朝瞑
 官街柳帯不堪折
 早晩菖蒲勝綰結
  楼に上[のぼ]りて春を迎ふれば新春帰[かへ]る
  暗黄[あんくわう]柳に著[つ]きて宮漏[きゆうろう]遅し
  薄薄[はくはく]たる淡靄[たんあい]野を弄する姿
  寒緑[かんりよく]幽風[いうふう]短絲[たんし]生ず
  錦牀[きんしやう]暁に臥して玉肌[ぎよくき]冷やかに
  露瞼[ろけん]未[いま]だ開かず朝に対して瞑[と]づ
  官街[くわんがい]柳帯[りうたい]折[を]るに堪[た]へず
  早晩[そうばん]菖蒲[しやうぶ]綰結[わんけつ]に勝[た]へんや

 

[和歌]

・こころざしふかく染めてしをりければ
 消えあへぬ雪の花とみるらむ
       詠み人知らず『古今和歌集』7

・冬の夢のおどろきはつるあけぼのに
 春のうつつのまづ見ゆるかな
       藤原良経『秋篠月清集』

・ことにけさ珍しきかな春の来る
 方に迎ふる春と思へば
       賀茂真淵『賀茂翁家集』

・年ごとにかきもつくさぬ言の葉を
 硯の海の幸[さち]といはまし
       橘千蔭『うけらが花』一

・珍しと春を待ち取る心こそ
 年はふれどもかはらざりけり
       平春海『琴後集』一

・ふるとしも聞きしうぐひすそれながら
 あらたまりぬる初春の声
       小沢蘆庵『六帖詠草』

・去にし春見しものぞともおぼえぬは
 年たちかへる霞なりけり
       小沢蘆庵『六帖詠草』

・此の国も猶[なほ]東より来る春を
 もろこし人はまつや久しき
       小沢蘆庵『六帖詠草』

・わか水にまなこあらひてうち見れば
 あたらしからぬものなかりけり
       阪正臣『三拙集』

 
 
仰向けに人の膝の上に坐るのが好き

[かぞえ歌・手習い歌]

・あめつちのうた

  あめ(天) つち(地) ほし(星) そら(空)
  やま(山) かは(河) みね(峰) たに(谷)
  くも(雲) きり(霧) むろ(室) こけ(苔)
  ひと(人) いぬ(犬) うへ(上) すゑ(末)
  ゆわ(硫黄) さる(猿) おふせよ(生ふせよ)
  えのえを(榎の枝を) なれゐて(馴れゐて)

・いろはうた

  いろはにほへと(色は匂へど) 
  ちりぬるを(散りぬるを)
  わかよたれそ(我が世誰ぞ)
  つねならむ(常ならむ)
  うゐのおくやま(有為の奥山)
  けふこえて(今日越えて)
  あさきゆめみし(浅き夢見じ)
  ゑひもせす(酔ひもせず)

 

[数え歌・遊び歌・唱歌]

 ○数え歌も羽根突き、毬つきなどの遊びに歌われた。地方ごとにさまざまな類歌が見られる。

・数へ歌

 一つとや ひと夜明くれば
 にぎやかに にぎやかに
 お飾り立てたり 松飾り 松飾り

 二つとや 二葉(ふたば)の松は
 色ようて 色ようて
 三蓋松(さんがいまつ)は 春日山(かすがやま) 春日山

 三つとや 皆さんこの日は
 楽遊(らくあそ)び 楽遊び
 春さき小窓で 羽根をつく 羽根をつく

 四つとや 吉原女郎衆(よしはらじよろしゆ)は
 手まりつく 手まりつく
 手まりの拍子は おもしろい おもしろい

 五つとや いつも変はらぬ
 年男 年男
 年をばとらずに 嫁をとる 嫁をとる

 六つとや 無病でたたんだ
 玉づさは 玉づさは
 雨風吹いても まだ解けぬ まだ解けぬ

 七つとや 南無阿弥陀仏と
 手を合はせ 手を合はせ
 後生を願へや おぢぢ様 おぢぢ様

 八つとや やはら良い子だ
 器用な子じや 器用な子じや
 おちよで育てた お子じやもの お子じやもの

 九つとや ここへござれや
 あね御さん あね御さん
 足袋や雪駄で じやらじやらと じやらじやらと

 十とや 塔福寺の鐘の音 鐘の音
 今なる鐘は除夜の鐘 除夜の鐘

 

・数へ歌

 一つとや 一夜(ひとよ)明くれば
 にぎやかで にぎやかで
 お飾り立てたる 松飾り 松飾り

 二つとや 二葉の松は
 色ようて 色ようて
 三蓋松(さんがいまつ)は 上総山(かづさやま) 上総山

 三つとや 皆様子供衆(こどもしゆ)は
 楽遊(らくあそ)び 楽遊び
 穴一(あないち)こまどり 羽根をつく 羽根をつく

 四つとや 吉原女郎衆(よしはらじよろしゆ)は
 手まりつく 手まりつく
 手まりの拍子の 面白や 面白や

 五つとや いつも変わらぬ
 年男 年男
 お年もとらぬに 嫁をとる 嫁をとる

 六つとや むりよりたたんだ
 玉だすき 玉だすき
 雨風吹けども まだ解けぬ まだ解けぬ

 七つとや 何よりめでたい
 お酒盛り お酒盛り
 三五に重ねて 祝いましよ 祝いましよ

 八つとや やはらこの子は
 千代の子じや 千代の子じや
 お千代で育てた お子ぢやもの お子ぢやもの

 九つとや ここへござれや
 姉(あね)さんや 姉さんや
 白足袋(しろたび)雪駄(せつた)で ちやらちやらと ちやらちやらと

 十とや 歳神様(としがみさま)の
 お飾りは お飾りは
 橙(だいだい) 九年母(くねんぼ) ほんだはら ほんだはら

 十一とや 十一吉日(きちにち)
 蔵開(くらびら)き 蔵開き
 お蔵を開いて 祝ひましよ 祝ひましよ

 十二とや 十二の神楽(かぐら)を
 舞ひ上げて 舞ひ上げて
 歳神様へ 舞納(まひをさ)め 舞納め

 

・数へ歌

 一つとや 人々一日(ひとひ)も忘るなよ
 はぐくみそだてし おやのおん おやのおん

 二つとや 二つとなき身ぞ山桜 山桜
 ちりてもかをれや きみがため きみがため

 三つとや みどりは一つの幼稚園 幼稚園
 ちぐさに花さけ 秋の野辺 秋の野辺

 四つとや 世にも頼もしきは兄弟ぞ 兄弟ぞ
 たがひにむつびて 世をわたれ 世をわたれ

 五つとや 空事(いつはり)いはぬが幼子の 幼子の
 まなびのはじめぞ よくまもれ よくまもれ

 六つとや 昔をたづねて今を知り 今を知り
 ひらけやとませや わが国を わが国を

 七つとや ななつの宝も何かせん 何かせん
 よき友よき師は 身のたすけ 身のたすけ

 八つとや 養ひそだてよ姫小松 姫子松
 雪にも色ます そのみさを そのみさを

 九つとや 心は玉なり琢(みが)きみよ 琢きみよ
 ひかりはさやけし秋の月 秋の月

 十とや とよはたみはたの朝日かげ 朝日かげ
 いよいよくまなしきみが御代 きみが御代


 

・手まり歌

  無花果(いちじく)  人参(にんじん)
  山椒(さんしょう)に 椎茸(しいたけ)
  牛蒡(ごぼう)に   無患子(むくろじゅ)
  七草(ななくさ)   初茸(はつたけ)
  胡瓜(きゅうり)に  冬瓜(とうがん)

・手まり歌

  一番始めは一の宮
  二また日光中禅寺
  三また佐倉(さくら)の惣五郎(そうごろう)
  四また信濃の善光寺
  五つ出雲の大社(おおやしろ)
  六つ村々鎮守様
  七つ成田の不動様
  八つ大和の法隆寺
  九つ高野の弘法様
  十で東京心願寺

・手まり歌

  一番はじめは一の宮
  二で二宮金次郎(にのみやきんじろう)
  三つ佐倉(さくら)の惣五郎(そうごろう)
  四で信濃(しなの)の善光寺
  五つ出雲(いづも)の大社(おおやしろ)
  六つ昔は田や畑
  七つなんでも ねえあなた
  八つ八幡(やはた)の八幡(はちまん)さん
  九つ高野(こうや)の弘法(こうぼう)さん
  十(とお)で東京二重橋(にじゅうばし)

 

・一月一日   千家尊福

1 年の始めの例[ためし]とて
  終[を]はりなき世のめでたさを
  松竹立てて門ごとに
  祝[いは]ふ今日[けふ]こそ楽しけれ

2 初日の光さしいでて
  四方[よも]に輝く今朝[けさ]の空
  君がみかげに比[たぐ]へつつ
  仰[あふ]ぎ見るこそ尊[たふと]けれ

 

   ひたちはみやのそばに居ることが無上の幸せですが、仔猫のことで、
   相手の気分までは量れず、とかく騒がしくみやにまつわります。
   みやは一人っ子で育って何をするにも用心というものがありません。
   御飯を食べるのも小さいひたちよりゆっくりで、半分も済まないうちに
   自分の皿を平らげたひたちが横から割り込んで来ます。ひたちがついて
   来てしまうのでトイレもおちおち使えません。何という用事はないので
   すが、じゃれてくっついてくるのを時々フゥーッと怒ってみるのですが
   それ以上どうしてよいかも分からず、まったく懲りない相手にいささか
   疲れ気味です。

 

   今のところ、高い書棚の上はみやだけの居場所で、ひたちはそこまでは
   ジャンプできません。追いかけっこの果てはみやがここに退避して終わ
   ります。ひたちはそこに近いピアノの上で待ち、降りてきてくれないと
   パソコンの待ち受け画面のみやを見に行くのが、さすがに不憫です。

 

   しかしひたちがこの書棚の上まで跳べるようになるのも時間の問題。そ
   れまでにみやの疲れがとれるとよいのですが。

   そういうわけで、今回はみやは冬休みモード。ひたちから隠れることが
   できる別室で、昼寝多めの日程を過ごしております。

 
みやとひたちのお年玉



目次