みやと探す・作品に書きたい四季の言葉

連載

第29回 光の春:啓蟄、春一番、春雷、梅、紅梅、鶯
         春の野

「泉鏡花集」を開くみや

 
20.2.28東京都小金井市小金井公園

1 光の春

  2月23日昼過ぎに突然吹き出した強風は、夕方から夜に掛けて日本列島の広い範囲に渡って吹き荒れました。このあたりでも突風の時には轟音がし、地響きがし、この天変地異はやや離れたどこかで大地震でも起きたかと疑うほどでした。視界が土気色の泥風で覆われて、ひどい時は小さな庭を隔てたお隣の家も見えないありさまでした。ものを倒壊させ、交通事故を多発させ、飛行機や鉄道多線を運休させて、その後二日にわたる大混乱をもたらしました。

  立春から春分にかけての丁度この時期、初めて吹く強い南風を春一番と呼び習わしています。もとは五島列島沖に出漁した壱岐地方の漁師言葉であったといわれますが、現在は気象用語として天気予報などでもお馴染みの言葉になり、季節の進行を教えてくれる例年の目印となっています。先月23日の風も気象庁は春一番と発表しましたが、そう呼ぶには激しすぎるものでしたね。

  同じように、立春を過ぎて初めて鳴る雷を初雷(はつらい)といいます。早春は雷がよく鳴り、春雷は俳句の世界では春の季語です。

  春一番が吹くと、そのあとは西高東低の気圧配置になるために、北風が吹き、気温が下がり、陽気は一時的にまた冬型に戻ります。ちなみに春一番の次に吹く強い南風は春二番、その次は春三番です。三寒四温を繰り返して春本番に近づいて行きます。

  二十四節気ではこの3月5日が啓蟄(けいちつ)になります。冬ごもりしていた虫(蟄虫)が地中から這い出してくることを意味する節気です。文字通り、この頃から冬の間休眠していた草木や動物が春の気配を感じて活動し始めます。先の大風には花盛りの梅も桜の蕾も、土の中から頭を出しかけていた小さな動物達も、さぞかし驚いたことでしょうが、風が過ぎると、やはり空はもう一段と光を増しております。空には春が来ています。



20.2.9東京都小金井市小金井公園

  「光の春」という言葉は、本来、立春は過ぎたものの動植物にはまだ春の兆しの見えないごく早い春にふさわしい表現です。けれども1、2月に雪が多く、厳しい季節が続いた今期は、空の光に本当に温もりが感じられるようになったのはつい最近のことです。遅かった梅がいきなり押し寄せてくるように今は満開となり、春の花々が次の支度を急ぎ始めました。


20.2.9東京都小金井市小金井公園

  早春の季節を眺めれば、そこには目を覚ますもの、芽吹くもの、巣立つもの、これから始まるものごとに胸をふくらませるものが満ちています。人間世界でも学校は卒業と入学の時期、別れと出会いの季節でもあります。欧米に合わせて9月新学期制に移行した方が留学の便などにも好都合だという説がありますが、自然界が始動する清新な空気と重なる日本の卒業入学は、これなりに気分の上ではよいものです。

  このたびは、さまざま早春の風物を探してお届けします。


20.2.28東京都小金井市小金井公園

【文例】

[漢文]

・早梅  僧斉己(せいき)
 前村深雪裏
 昨夜一枝開
  前村深雪[しんせつ]の裏[うち]
  昨夜[さくや]一枝[ひら]開く


・賦庭前紅梅  兼明親王
 有色易分残雪底
 無情難弁夕陽中
  色有りては分[わか]ちやすし残雪の底[そこ]
  情[こゝろ]無くしては弁[わきま]へがたし夕陽[せきやう]の中[うち]
     (前中書王)『和漢朗詠集』98


・鶯声誘引来花下
 草色拘留座水辺
  鶯[うぐひす]の声[こゑ]に誘引[いういん]せられて
               花の下[もと]に来[きた]る
  草の色に拘留[こうりう]せられて
            水[みづ]の辺[ほとり]に坐[を]り
     白居易『和漢朗詠集』67


・新路如今穿宿雪
 旧宿為後属春雲
  新路[しんろ]は如今[いま)]宿雪[しゆくせつ]を穿[うが]つ
  旧巣[きうさう]は後[のち]のために春の雲に属[い]らん
     菅原道真『和漢朗詠集』70


・西楼月落花間曲
 中殿燈残竹裏音
  西楼[せいろう]に月落ちて花の間[あひだ]の曲[きよく]
  中殿[ちうでん]に燈[ともしび]残りて
                竹[たけ]の裏[うち]の音[おと]
     菅原時文『和漢朗詠集』71


20.2.28東京都小金井市小金井公園

[和歌]

・難波津[なにはづ]に咲くやこの花冬ごもり
 今は春辺[はるべ]と咲くやこの花
     『古今集仮名序』作者未詳
◎「花」は梅の花とするのが通説。


・石[いは]そそく垂氷[たるひ]の上[うへ]の早蕨[さわらび]の
 萌え出づる春になりにけるかな
     志貴皇子(しきのみこ)『和漢朗詠集』15


・わが背子が衣はるさめ降るごとに
 野辺の緑ぞ色まさりける
     紀貫之『古今和歌集』25


・人はいさ心も知らず
 ふるさとは花ぞ昔の香に匂ひける
     紀貫之『古今和歌集』42


・空寒み花にまがへてちる雪に
 すこし春あるここちこそすれ
     『枕草子』106段


・折[を]る人の心に通[かよ]ふ花なれや
 色には出でずしたに匂[にほ]へる
     『源氏物語』「早蕨」匂宮作
◎紅梅を詠んだもの


20.2.28東京都小金井市小金井公園

[散文]

・三月三日は、うらうらとのどかに照りたる。桃の花のいま咲きはじむる。
 柳などをかしきこそさらなれ。それもまたまゆにこもりたるはをかし。
 ひろごりたるはうたてぞみゆる。
     『枕草子』4段

・木の花は こきもうすきも紅梅。
     『枕草子』37段


20.2.28東京都小金井市小金井公園

・あてなるもの(上品な感じがするもの) 梅の花に雪のふりかかりたる。
     『枕草子』42段

・雪のただいささか散るに、春のとなり近く、梅のけしき見るかひありて
 ほほゑみたり。
     『源氏物語』「若菜下」


・霞める月の影 心にくきを、雨のなごりの風すこし吹きて、花の香なつか
 しきに、殿のあたりいひ知らず匂[にほ]ひみちたり。
     『源氏物語』「梅枝」


20.2.28東京都小金井市小金井公園

[近現代詩・訳詞]

・蛍の光  『小学唱歌集(初)』明治14年

1 ほたるのひかり まどのゆき
  書(ふみ)よむつき日 かさねつつ
  いつしか年も すぎのとを
  あけてぞけさは わかれゆく

2 とまるもゆくも かぎりとて
  かたみにおもふ ちよろづの
  こころのはしを ひとことに
  さきくとばかり うたふなり

◎「蛍雪の功」。灯火の油が買えなかったので、晋の車胤は蛍の光で、孫康は
  雪明かりで書物を読んだ故事(『蒙求(もうぎゅう)』)。
  苦心して学問に励むことを言う。


・あふげば尊し 『小学唱歌集(三)』明治17年

1 あふげば 尊し(とうとし) わが師(し)の恩(おん)
  教(おし)への庭にも はや いくとせ
  おもへば いと疾(と)し このとし月
  今こそ わかれめ いざさらば

2 互いに むつみし 日ごろの恩
  わかるる後にも やよ わするな
  身をたて 名をあげ やよ はげめよ
  いまこそ わかれめ いざさらば

3 朝ゆふ なれにし まなびの窓
  ほたるのともし火 つむ白雪(しらゆき)
  わするる 間(ま)ぞなき ゆくとし月
  今こそ わかれめ いざさらば


20.2.28東京都小金井市小金井公園

・道程  高村光太郎

 僕の前に 道はない
 僕の後ろに 道は出来る

 ああ 自然よ
 父よ

 僕を
 一人立ちさせた
 広大な父よ

 僕から目を離さないで
 守る事をせよ
 常に父の気魄を僕に充たせよ

 この遠い道程のため
 この遠い道程のため



・送別  伊東静雄

 みそらに銀河懸くるごとく
 春つぐるたのしき泉のこゑのごと
 うつくしきうた 残しつつ
 南をさしてゆきにけるかな

◎田中克己の南征に詠まれた。


・星(抜粋)  丸山薫

  冬の雪が消えると
  山肌は 噴き出す緑でたちまち染まる
  夜はつよく匂った
  草と木と星と
  植物と鉱物とが―

  火星 金星 シリュウス 北極星
  北斗 さそり 白鳥座
  それら どの一つを見つめても
  星ほどしだいに親しく思えてくるものはなく
  同時に 星ほどだんだんに遠く思えてくるものもない
  夜ふけ 星を見疲れた眼をつむって
  私は快く眠りにはいった
  まったく 山の住まいでは
  私は夢もみずにぐっすりと眠った
  森で小鳥達の囀りが
  賑やかに暁をつげるまで


[唱歌・童謡]

・花さく春  伊沢修二

 花咲く春の あけぼのを
 早疾[と]く起きて 見よかしと
 鳴くウグヒスも 心して
 人の夢をぞ 覚ましける
 ホーホケキョ ホーホケキョ
 ケキョ ケキョ ケキョ ケキョ
 ホーホケキョ
 ホーホケキョ ホーホケキョ

     『幼稚園唱歌集』明治20.12



・風  巽聖歌

 風は木ごとに言っていた
 もうじき春のくることを。

 ちゃっちゃが鳴いて谷あいの
 雪もすっかり消えること。

 風は田畑に知らせてた、
 おっつけ木の芽が出ることを。

 畦には蕗の薹が萌え
 子どもが摘みに来ることを。

 風は僕にもそう言った。
 復活祭[いすた]もあとから来ることを。


・春のくる頃  平野直

 どこかに 春が
 しのんでいて
 こっそり こっそり
 やってくる。

 春は すてきだ
 製板所
 じゅうんと 日ぐれは
 しみこむよ。

 あをじの 卵は
 巣に 小さい
 春が ほうやり
 うまれてる。

 どこかに 春が
 かくれていて
 わあと でそうな
 気がするよ。






・昼  林古渓

1 歌につかれ 文[ふみ]に倦[う]みて
  携[たづさ]へゆくや 春の野
  小川の根芹 おしわけにぐる
  小鮒の腹 白く光る

2 霞む空に名乗る雲雀
  しばしは息[いこ]へ 堤に
  つくしは誇り 菫うつぶす
  小草しきて 汝[なれ]も臥せや








   ひたちはともかく食べ物に関心が強いので過食気味です。
   体重はあと200グラムまでにみやに迫りました。
   家族の食事時間の張り切り方は並ではありません。食後の
   プリンをむりやり分けてもらって食べ、TVの動物番組でゴロ
   ゴロ上機嫌になって、満タンのお腹で大の字になって寝る、
   かなりのびのびした日常です。みやがすっかり利口に見える
   この頃。




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