かつて、書を学ぶ人は、先生のお手本の真似をしました。
そうすると、お弟子さんは先生よりちょっと下手。
そのまたお弟子さんは、さらにちょっと下手。
これでは書はどんどんつまらないものになって行きます。
現代の書の基本は、「古典の臨書(りんしょ)」です。
臨書とは、古典の名品を手本にして学ぶことです。
千年以上もの年月を超えて伝えられてきた名筆の数々。
それらの技法を学び尽くして、今までになかった自分の書を作っていくこと。
これが現代の書の学びかたです。
蘭亭序とは?
中国と日本の書の古典の中で、第一にあげられる名品が「蘭亭序」です。
永和9年(353)3月3日、会稽郡の山陰県(今の浙江省紹興市)の蘭亭に42人 の紳士が集まり、みそぎをして、酒を飲み、詩をつくり合う集まりが行われました。
ここで詠まれた詩集の冒頭に書かれた序文の草稿が、蘭亭序です。
蘭亭序は、書道史上、最高傑作といわれながら、真跡は残っていません。
おびただしい数の摸写や臨書、刻本が伝えられています。
それらの中から、有名なものを比較して見ましょう。
右から「神竜半印本(墨本)」「神竜半印本(刻本)」「張金界奴本(秋碧堂帖)」「張金界奴本(餘清斎帖)」「定武本」「開皇本」です。
同じように見えますが、一字一字比較してみると、少しずつ違っているのがわかります。
どれが原跡に近いか、やかましい議論が繰り広げられてきました。
古来、もっとも評価が高かったのは「定武本(ていぶぼん)」です。
今では研究が進み、「神竜半印本(しんりゅうはんいんぼん)」と「張金界奴本(ちょうきんかいどぼん)」がもっとも原跡に近いと言われています。
左が神竜半印本(墨跡本)、右が張金界奴本(餘清斎帖)です。
テキストシリーズ「蘭亭序」とシリーズ・書の古典「蘭亭序」には、両方掲載されています。
それぞれ味わいが異なるので、ぜひ両方習ってみてください。
神竜半印本はかなり後世の臨摸本だという説もありますが、筆路が明快なので、今回はこちらを使って学んでいきましょう。
蘭亭序を学ぶ
それでは実際に臨書を始めましょう。
お手本は、シリーズ・書の古典「蘭亭序二種」です。
蘭亭序は完成した作品ではなく、作品にする前の草稿ですから、文字の大小や傾き、線の太さなど、一律ではありません。
これこそが蘭亭序の最大の魅力!
自由自在に書きながら、抜群のバランスが生まれ、しかも生き生きとしたリズムに満ちています。
このすばらしさを味わうために、できるだけ原本に似せて書いてみましょう。
自分勝手な形に変えてしまうなんて、もったいない!
まずは自分を捨てて謙虚になり、原本のリズムや形をそのまま学んで、すばらしさを味わい尽くしましょう。
原本の素晴らしさを味わうといっても、書かれているのは漢字です。
それなのに、よくわからない形の漢字がありますね。
わからない理由は、「活字」の形と違うからです。
「活字」は、限られたスペースでたくさんの情報を伝えるためにデザインされています。
それとは別に、書きやすく、美しく見える文字が発達しました。
それが手書き文字である「筆写体(ひっしゃたい)」です。
今回は、上の赤い四角で囲った文字について、詳しく見て行きましょう。
上の三字は、筆順に注意が必要です。
歳
「歳」は、まず、上部が「止」ではなく「山」になっています。
書の歴史の中で、「止」を「山」に書くことはたくさんありました。
そして、下部の四画め、活字だと「小」ですが、ここでは三つの点です。
左から順に書きます。
至
「至」の赤でマークした「点」は最後に書きます。
意外だと思う方も多いかもしれませんね。
点画がよく見えない時は、同じ作品内の別の場所に同じ字がないか調べましょう。
なければ、同じ人が書いた別の作品。文字の部分が同じでも参考になります。
「至」という字は、蘭亭序の16行目にも出てきます。
また、ウ冠がついていますが「室」(蘭亭序の12行目)という字も参考になります。
上の画像で、白地に黒い字は蘭亭序、拓本は集王聖教序からとりました。
点を打つのは最後だということがわかりますね。
無
「無」の筆順は、横画三本を引いてから四本の縦画、列火です。
これが書きやすい、自然な筆順です。
さて、天来書院の「蘭亭序」の編者、筒井茂徳先生のご著書に、「行書がうまくなる本・蘭亭序を習う」(二玄社刊)があります。
形を正確に書くためのヒント満載! の素晴らしい本です。
この本では、文字を水平線と垂直線で囲んだ概形をとること、補助線を引くことが提案されています。
正しい形を知るために、とても役にたちます。
下に明朝体の活字を入れてみました。
ずいぶん形が違います。
「歳」下部の左上から右下への線はとても長いのですが、なかなかこれほどは長く書けません。
活字のイメージにとらわれているせいかもしれません。
「至」はこんなに縦長です。
そして「無」の一番下の横画はこんなに長い。
漫然と臨書して、見逃してしまうと、もったいない。
美しい古典の字形をしっかりと捉えましょう!
活字の形と、ものすごく違う字を集めました。
「賢」は最初の「臣」がとても大きい。
そして、下の「貝」が細長い。
アンバランスなのに、めちゃくちゃかっこいいと思いませんか?
「少」の最終画は、途中で太くなって、とても長い。
「林」の最終画もすごく長い。
手書き文字ならではの力強さ。
生き生きとしています。
模範生のような「美文字」ではなく、こういう字を書きたいものです。
ちなみに、「賢」の筆順は次の通り。
くさかんむりの筆順
「暮」と「蘭」には「くさかんむり」があります。
実は、くさかんむりの筆順が大問題です。
縦・横・横・縦と書く人が多いのですが、
横・縦・横・縦が正しい!
左の「萬(万)」は蘭亭序14行目に出てくる字です。
よーく見ると、二画目の縦画から横画へ続いています。
ですから、右の「蘭」のくさかんむりも同様に書くことになります。
つまり、横・縦・横・縦です!
縦・横・横・縦という筆順が使われるのは、もう少し時代が下がるようです。
とはいえ、くさかんむりは全てこの順番であるわけではありません。
ただ、作品によって縦・横・縦・横と書かれる場合もあります。ご注意ください。
続いて、「ハネ」について。
りっしんべんの字を集めました。
りっしんべんの最後、両端の字ははねていて、真ん中は止めています。
つまり、手書きの文字では、はねるかはねないかはその時によるんです。
シリーズ・書の古典とテキストシリーズの『蘭亭序』には、編者、筒井茂徳先生の懇切丁寧な「字形と筆順」が載っています。
上でご紹介したのはその一部です。
ぜひ実際の書物をご覧いただき、正しい臨書を楽しんでください。
最後に、臨書で作品を作る場合、一つの言葉や文章として完結している部分を選びましょう。
次の文章の最初の字が入っていたために、公募展で賞を逃すことがよくあるのです。
シリーズ・書の古典「蘭亭序」には、臨書で作品を作るためにオススメの部分(2字〜44字)が豊富に紹介されています。
じっくりと勉強してみませんか?
アマゾンで買うためのボタンもあります。
王羲之 蘭亭序二種 筒井茂徳編 定価935 円(本体価格:850円)
王羲之 喪乱帖他 高橋蒼石編 定価1760 円(本体価格:1600円)
集王聖教序(集字聖教序) 吉田菁風編 定価1540 円(本体価格:1400円)
書の古典の学びかた
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