「書の古典の学びかた」第二回は、楷書の名品、欧陽詢書「九成宮醴泉銘(きゅうせいきゅうれいせんめい)」です。

 

貞観6年(632)の初夏、唐の太宗皇帝は離宮である九成宮に避暑に行った際、皇后とふたりで美味な清泉を発見します。

これを瑞兆とし、記念として建てたのが「九成宮醴泉銘」碑です。

 

引き締まった筆画、いささかもゆるぎのない結構。端正な姿。

「楷法の極則」と評される名品です。

 

九成宮醴泉銘

 

「九成宮醴泉銘」は石碑に刻されています。

写真も印刷もなかった時代、人々は「拓本」という方法によって複製を作りました。

碑面に紙を密着させ、墨を打って字形を浮き出させる技法です。

(拓本の技法については、すぐ下の「石碑の拓本を採る」をクリックすると、You Tubeの動画がご覧になれます)

 

名品として知られたこの碑は、古くからおびただしい数の拓本が採られてきました。

そのため表面が傷み、また研磨もされたようで、現在の碑は点画が細くなってしまっています。

ですから、できるだけ古く、しかも精密に採られた拓本をお手本にしましょう。

 

 

古い時代の拓本かどうかを見分けるには、キーとなる文字があります。

新しい拓本では壊れてしまっている文字です。

 

「シリーズ・書の古典」の「九成宮醴泉銘」はどうでしょうか。

 

 

 

上の「重・王」は、古い拓本でしか見ることができません。

 

シリーズ・書の古典「九成宮醴泉銘」で採用した拓本が旧拓であることがわかります。

点画が太くて潤いがある佳拓です。

 

 

では、最初のページを開いてみましょう。

 

 

古い時代の拓本とはいえ、よく見えない字がたくさんあります。

長い年月の間に傷んでしまったんです。

 

ページの左に、見えにくい部分の筆路を示す「骨書(ほねがき)」がついているので参考になります。

 

もう少し詳しく見ていきましょう。

 

 

最初の字、一字だけだと曲がって見えるかもしれませんが、全体を見ると、この字が大事なアクセントとなっていることがわかります。

概形と補助線を参考にして、この角度のまま再現してみましょう。

筆順にも注意が必要です。

 

 

活字とずいぶん異なる形です。

2画目、横画の右上がりの角度は通常よりも大きく、それとほぼ直角に交差する4画目はとても長い。

活字のバランスとまったく異なります。

楷書の名手、欧陽詢ならではの美しい字形です。

筆順にも注意しましょう。

この筆順でないと、形がうまくとれません。

 

 

うかんむりの下、口が2つ並んでいます。

筆写体では、間の「ノ」を省略するのがふつうです。

概形はかなり縦長であり、補助線によってうかんむり、2つの口の位置関係がよくわかります。

ついでに言うと、概形の左の垂線によって、うかんむりの2画目が垂直ではないことが明らかになります。

 

 

次の「醴」の字は、図版左のようにほとんど見えません。

が、23ページにも同じ字(図版右)が出てきますので、これを参考にして書きましょう。

「酉」は活字と異なり、短い縦画二画の下が三横画になっています。

 

 

禾偏(のぎへん)と示偏(しめすへん)は古くから混用されてきました。

参考に「欧陽詢楷書字典」(筒井茂徳編・雄山閣出版刊)から引用しておきます。

 

 

 

九成宮醴泉銘では「示偏」になっています。

旁がよく見えませんね。

骨書は16ページに出てくる「必」を参考にしています。

 

筆順

 

 

臨書をすると、概形が正方形に近づき気味になりやすい字です。

また、筆順に注意が必要です。

縦画が最後で、下に突き抜けて「曰」のすぐ上まできています。

 

 

 

検と校

両方とも木偏のはずなのに、手偏になっています。

間違いではありません。

筆写体では、木偏と手偏は古くから混用されていたのです。

 

 

鹿

下部の「比」の右側は筆順を変えて右に払っています。

補助線によって、その長さの見当がつくでしょう。

この長い右払いは、実は第三画の左払いに呼応しているのです。

 

 

最後に、臨書で作品を作るためのヒントをご紹介します。

 

シリーズ・書の古典「九成宮醴泉銘」の6〜7ページ。

ここをお手本にして、半切作品2点を書くことができます。

 

臨書で作品を作るとき、注意しなくてはいけないのは、ことばや文章として成立する場所を選ぶことです。

上の二箇所の現代語訳は次の通りです。

 

最初の部分

①あおぎ見ると、この九成宮の高くそびえる威容は、はるかに遠方を望むようで、眼下には深く千仞(尋)にも切れ込んだ谷が見える。

次の部分

②真珠や璧玉が輝き照り映え、金色と碧玉のように光を放っているようだ。夕陽は雲や霞を赤々と染め、太陽と月の光を蔽い隠さんばかりの状況である。

 

また、臨書で作品を作るとき、初心者はすべての字を同じ太さで同じサイズに書いてしまいがち。

そうすると、紙面が平板になり、魅力が半減してしまいます。

一般に、画数の少ない字は太めの筆画で小さめに書き、逆に画数の多い字は細めの筆画で大きめに書くと、紙面が立体的で、自然な動感がうまれます。

 

 

 

A4サイズを縦開きにした「大きな条幅手本・九成宮醴泉銘」には、上の場所を半切作品に書くためのお手本が載っています。

 

 

右の二点が上に解説した部分の臨書作品。

左端の三行の作品は、7ページ後半から始まる部分を臨書したものです。

 

 

「大きな条幅手本」は、お弟子さんが初めて条幅を書くとき、自分の手本ではなく、直接古典原本を臨書してほしいと考えている先生に人気です。

 

欧陽詢が書いた楷書は、ほかに「化度寺碑」「皇甫誕碑」「温彦博碑」があり、前二者は小社のテキストシリーズに入っています。

欧陽詢の非凡な楷書を広く学ぶために、あわせて臨書してみてはいかがでしょう。

 

書の古典の学びかた 第一回「王羲之・蘭亭序を学ぶ」はこちら