古碑帖の正確な見方

筒井茂徳(書法家)

第五回下「行書の名品 蘭亭序を習う」その2

2021.01.11

今回は神龍半印本蘭亭序から連続する六字の部分を選び、拡大して半紙六字書きに構成した手本を学びます。練習後、手本および練習作品の各文字に概形を書き入れ、自分の気になるところに補助線や点を記入してみると、おそらく手本と作品との相違が見えてきます。相違が見えさえすれば、その相違を無くするようにさらに練習を重ねてゆけばよいわけです。

ただ手本の四字目「類」と六字目「盛」の字体については、先に説明しておきましょう。「類」の偏は正字「類」が示すように、本来、米と犬に従う字体でした(説文篆文参照)。漢代の隷書の時代にその犬が分のように書かれる字体が出来、楷書、行書でも下部を分の形に作ることも行われるようになったのです。ここでは米の縦画を短く書き、下部は左払い以下を先に書き、右側の点は最後に打ちます。
「盛」の筆順は左払い、横画、戈法(かほう。中央上部から右下方への長く反った画)、フ、皿、右上の点、左払いの順(最後の二つは逆でもよい)に書きます。右上の点が横画収筆部に接していて紛らわしいので注意が必要です。

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続いて、各字に概形枠を記し、また一般的に有効な補助線を加えるとともに、注意を要する筆画の接続、交叉点にポイントを打った図版を掲げます。この図版も参考にして、自分の練習作品を検討してみてください。

「俯」
「俯」字は蘭亭序にはもう一字出てくるので、右上に附載しました。全く異なる姿に作っています。旁の「府」は第三画の左払いで第四画の短い左払いを兼用しています(第二回下「筆画の省略と兼用」)。「寸」の横画が最も太いことに留意しましょう。

「察」
上部「ウ冠」と下部「祭」とはきれいな重畳法(第一回下参照)になっており、下部の「示」の縦画は正確に右下方を向いています。左上部をゆったりと大きく見せていますが、これを実現するには青の水平の補助線が「示」の第二横画の下を通る必要があります。

「品」
三つの「口」が大小、太細、筆画の角度と組み合わせ方などのあらゆる要素を変えて書いてあります。最も太い筆画は上の「口」と右下の「口」それぞれの下の横画です。概形は正方形です。横長にならないように。上部と下部とは右上の図のように重畳法に構成しています。

「類」
概形は正方形です。横長にならないようにしましょう。どうしても概形が横長になってしまう人は、すべての横画を短く書き、すべての縦画を長く書いてみましょう。左上部「米」の縦画から左側をいかに広く見せるかがポイントです。左下部「分」の第三画目は短い「つ」のような形ですが、この右下方へ向かう部分を正確に書くのは意外に難しいものです。旁の「頁」(おおがい)は両側の縦画が右下方に向かっています。また「頁」の横画はいずれも右上がりが急角度ですが、最下端の横画はとりわけ急で、仰勢(第二回上参照)に書きます。

「之」
補助線はどこに引いてもよく、何本引いても構いません。手本と自分の臨書との相違が見出せそうなところに見当をつけて引けばよいのです。左上の図版は第一画の点の中心を通る垂線を補助線として引いたものです。右上は概形枠の幅を二等分する垂線と、高さを二等分する水平線を補助線として引いた図です。こうした概形枠と補助線によって、かなりの相違が浮かび上がってくるでしょう。

「盛」

蘭亭序にもう一回現れる同じ字を右上に掲げましたが、全く別の姿に表現していることに驚かされます。左上部を大きく見せている点は共通しているものの、その見せ方は異なります。下部の「皿」の第三画は横画の上方から起筆し、第四画は左下方に長く運んだまま折り返して横画を逆筆で起筆します。この時、折り返した横画は第四画の収筆部近くを下にのぞかせながら右上がりに進んでいて、この表現については右上の「盛」も同様です。なお冒頭で触れたように、右上の一点は横画に接する位置に書かれているので、見落とさないようにしましょう。

神龍半印本蘭亭序はわずか28行の巻子本で、文字数も324字しかありません。このブログではそのうちの12字を習ったわけです(目習いも含めて)。習ってみて関心を持たれた方はぜひ全文を臨書してみてください。私は高校の書道講師を務めていた時、毎年2学期後半に、1年生に8回の授業(90分授業)で全文を半紙六字書きに臨書させていました。324字÷6字=54枚。計算上は54枚の半紙で全臨できることになります。平均すると、1回の授業では54枚÷8回=6.75枚。つまり1回に7枚の清書を作ることになります。そんな時間的な制約がありますから、1箇所について半紙2枚か3枚練習したらそのうちのベターな1枚を清書候補として残し、次の箇所に進みます。説明が必要な筆順や字体については初めは板書していましたが、後にはプリントを配るようになりました。

多習を目的とした全臨でしたが、真面目に取り組んだ生徒には必ず明らかな上達が見られました。それは重ねた清書54枚の初めの方と終りの方とは出来が一見して違うことで分り、生徒自身がそのことを実感しました。全臨というと大変そうですが、全文324字の小品ならさほどではありません。皆さんにおすすめする所以(ゆえん)です。入手しやすいテキストが天来書院や二玄社から出ていますし、初心者の方には小著「行書がうまくなる本 蘭亭序を習う」(二玄社)をお勧めします。

さて次の第六回上、下では、もう一つの行書の古典として平安時代初期の空海書「風信帖」を習います。

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