古碑帖の正確な見方

筒井茂徳(書法家)

第八回下 「草書の名品十七帖を習う」その2

2021.02.22

王羲之の草書の名品「三井本十七帖」は全部で二十九通の手紙を収録しており、最初の一通がここでかじっているものです。「十七日」の三字で始まることから「十七帖」と呼ばれますが、この名称はまた全体の総称でもあります。多少まぎらわしいので、続く文面に「郗司馬」(ちしば)とあるところから、「郗司馬帖」とも呼ばれています。郗は姓、司馬は官名です。

先に習った「十七日先書。郗」に続くのは「司馬未去、即日」の六字です。その六字を拡大し、半紙六字書きに配置した手本を掲げます。

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非常にゆるぎのない、精彩のある草書です。直線的な筆画と角張った転折の多用、また急激な転回、さらに太細のめりはりのある用筆に特に留意して練習しましょう。そして手本と練習作品の両方に概形枠や補助線等を書き込み、比較してみることです。相違が具体的に見つかれば、しめたものです。なお、五字目の「即」の最初の転折部の右下方に見える白い丸のようなものは文字の一部ではありません。


概形枠はだれが書き込んでも同じものになるはずですが、青い補助線および赤い点(注意を要する交叉点)と緑の点(上下の二点で傾きを知る)は人によって違っていてよいのです。自分にとって役に立ちそうなポイントを見つけましょう。

「司」
草書だけでなく、楷書や行書でも第一画の横画部を短く書き、第二画の短横画をもっと左から起筆します。漢代の隷書の時代に生まれたスタイルです。こうすると寸胴(ずんどう)を避けることができるわけです(第二回中参照)。第二筆の、最初の転折部からの左下方への筆画は左回りに書きます。

ところで蘭亭序の説明(第五回上)で「之」字を例に取り、同一の字を全部異なる書き方で表現しているのは、最高の姿を記憶して、それを判で押すように書くのではないからであることを述べました。全二十九通の十七帖には「司」はほかに三回現れますが、その図版を次に掲げておきます。やはり四例とも違う姿に見えます。

「馬」転折部で筆画を分けると、多くの筆画が直線的に書かれており、右上の転折部は筆を入れ直して角張らせています。最初の右上方への筆画と続く左下方への筆画との間の空間がつぶれないように気をつけましょう。太細の表現にも留意する必要があります。緑の二点を打った短い筆画は左下方に流れがちです。

「未」二横画の中央よりも右寄りを縦画は通ります。よく見ると、その縦画は複雑に方向を変えていますが、緑の二点が示すように、全体としてはわずかながら右下方に向かっています。左下部では筆を打ちかえる断筆の表現が見られます。

「去」右上部は転折部のように書いてはいけません。横画の収筆部で左上に突いた筆は、赤い点のところで横画と交叉し、左下方に左回りに向かう必要があります。近い表現としては、息子の王献之に左下の字例があります。あわせて右下に書譜の字例を載せておきます。
この字においても直線的な筆画と左下部の筆の入れ直し、そして太細の表現が文字にきびしい強さを与えています。

「即」

右上の転折部と左下の転折部に筆を入れ直した表現が見られます。筆画は直線的であり、鉄筋コンクリートで出来ているような筋金入りの強い表現です。この字は十七帖にもう一回現れ、次の左下の図版の姿に書かれています。かなり違った表現に書いてあります。参考に、書譜の「即」を右下に載せました。

「日」
前回練習した「十七日」の「日」とはまるで違う字であるかのような、異なった表現に書いています。第二筆は右下方への筆画が短くなりやすく、左下方への筆画が長くなりやすいので気をつけましょう。その左下方への筆画は、前半部はやや立て気味に書き、第三筆と交わるあたり(赤い点のところ)から方向を変えて左下方に向かいます。

三井本十七帖の用筆の目立った特徴の一つが断筆です。この作品を初めて習う方にはびんと来ないかも知れませんので、典型的な作例をいくつか挙げておきます。王羲之の正統的な継承者である孫過庭が断筆を自家薬籠中のものとして自在に使いこなしていることは、先に書譜を学んだ皆さんには納得のゆくことでしょう。

次回は隷書を扱い、その書法を具体的に分かりやすく説明する予定です。

 

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