今回は前回練習した基本点画六字の結構(筆画の組み立て方)について短く説明し、それから同じ九成宮醴泉銘の連続した六字部分の練習に進みます。次の図版には結構をよく見るために概形、補助線を書き入れ、また注意すべきポイントに点を打ってあります。
「人」
概形はかなり横長です。水色の垂線が左右の払いとの間に作る角度の大小に注目します。右払いと垂線とが作る角度の方が大きいことが重要です(文字の姿勢の問題)。
「下」
概形は明かな縦長です。概形が正方形に近い人は横画を短めに作るとよいでしょう。
「九」
第二画前半部(永字八法の策)の右上がりの角度は相当に急です。すぐ上の「下」の横画と比較するとよく分ります。
「心」
第二画は筆圧を掛けながら左回りに曲がってゆき、撥ね上げる寸前からわずかに右上がりになります。
「之」
全四画として数えると、第二画と第三画との間の空間がつぶれないように注意しましょう。第二画の起筆部と第三画との間は狭く、これが広くなると、この概形を保つことができなくなります。第四画の払い出す地点は水色の補助線を見ると確定します。
「可」
概形は明かな縦長です。「口」が下がらないようにし、最終画の縦画は「下」の縦画とは逆の反り方をしています。
次の手本は九成宮醴泉銘の中から連続した六字の部分を選び、拡大して半紙六字書きの形式に配列したものです。前回の基本点画の手本の際と同様に、実際に筆を執つて練習できる方は何枚でも構いませんので、臨書してみてください。
九成宮醴泉銘の用筆(筆遣い)についてはすでに説明しましたので、ここでは章法(字配り)と結構の説明を主として行います。まず字間と行間はほどほどに空けましょう。文字が半紙から出そうになったり、字間、行間が狭くなって、紙面が息苦しく感じられるようでは困ります。各行はほぼ垂直に通し、横の段もほぼ揃えましょう。
次は上の手本に概形と補助線を書き入れ、特に注意すべきポイントに点を打った図版です。
実際に練習をなさった方は、自分の半紙に赤ペン等で概形の枠や補助線等を書き入れてみましょう。それを上の図版と比較してみると、おそらく多くの違いが具体的にありありと看取されるでしょう。手本と自分の臨書との造形的な相違、楷法の極則と称される作品だけにほとんど絶望的な相違が立ちふさがっていることでしょうが、難しいからこそ挑戦する価値もあるわけです。練習によって相違を一つ一つ潰してゆけば、その分うまくなっているのです。
「大」
概形はほぼ正方形ですが、横長になった人は,第二画の横画より上方の丈が短いか、右払いが長すぎるのでしょう。補助線によって払い出す地点がはっきりします。
「道」
旁の下部の横画に見にくいところがあるので、九成宮醴泉銘に見えるもう一つの「道」を参考に載せておきました。概形は正方形です。補助線によって修正すべき点が明らかになるでしょう。旁の「首」の両縦画の傾きに注意します。「首」の上部と下部は重畳法(第一回下)になっています。
「無」
第二画はここでは横画ではなくて永字八法の策を使い、収筆部で左上方に短く突いてから左下方に払います。それから二横画、そして四縦画の順に書きます。この時、四縦画を細めに書き、隣り合う縦画との間の空間を広く見せるように工夫しています。
「名」
第二画の横画がよく見えませんが、第一画の内部から細く始めるとよいでしょう。続く左払いは太細の変化と曲がり具合に気をつけます。「口」は背勢に作り、最終画は覆勢(ふうせい)で書きます。
「上」
概形が相当に横長です。縦画を短くする、横画を長くする、この両面から考える必要があります。縦画の下端が下の横画に接する場合は常に垂露勢を用いることはすでに説明しました(第二回上「縦画の形」)が、九成宮醴泉銘にはうっかりして縦画の下端を鉄柱勢に作ってしまい、そのために横画を接することができなかったと思われる作例がありますので、その図版を右上に載せておきました。
「徳」
行人偏の二つの左払いは払う方向が微妙に違います。旁の橫画の右上がりが急なのは、下の「心」の第二画が右下方に強く張り出すので、これとバランスを取るためです。旁の中央部の筆画で囲まれた空間内部の二縦画が右下方を向いているのは、上下の二横画と直角で接しようとしているからです(第一回下「筆画の直交」)。
連載の第一回、第二回で書法一般に関する総論をお話しました。第三回以降は書体ごとに代表的な古碑帖を取り上げ、総論で説明したポイントが実際の臨書場面でどのように使えるかという内容になり、その最初の古碑帖として楷書の最も標準的な名品である九成宮醴泉銘を扱いました。第四回は相い拮抗する名品「孔子廟堂碑」に取り組んでみましょう。
ところで、これまであまり古碑帖を練習したことがない方は、拓本の筆画の太細が分かりにくいと思われたのではないでしょうか。そこでその太細の調べ方について触れておきましょう。さきほど手本に取り上げた「名」字の「口」の部分を例として説明します。
上の図版は「口」内部の空間に左右の長さ〈a〉を書き込み、右の縦画の太さ〈b〉を記したものです。これで〈a〉の空間に〈b〉の縦画が何本入るかを調べてみればよいのです。数式で示すとa÷b、つまりa対bですね。このaとbとの相対的な関係で、筆画の太細を具体的に把握することができます。同様にして「口」内部の空間の縦の長さと上または下の横画の太さとの関係から、横画の太さが実際にどのくらいになればよいかを知ることができるわけです。
では、空間に接していない筆画の場合はどうすれば太さが分かるでしょうか。最も画数の少ない「一」字を取り上げます。やはり九成宮醴泉銘の作例です。
図版へ記入した横画の長さ〈c〉と太さ〈d〉によって、やはりc÷d、つまりc対dとしてその相対的な太細の関係が判明することがお分かりになるでしょう。
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