古碑帖の正確な見方

筒井茂徳(書法家)

第二回上「書法」その1

2020.11.16

書法について
書道にはいろいろな別名があり、小中学校では昔は習字とか書き方という科目名でした。近年では書写と称することになっているようです。一般には単に書ということがあり、また書法ということもあります。それぞれの呼び名には込められたニュアンスの相違がないではありませんが、この連載は臨書の技法について説明しようとするものですから、書法という言葉を使うことにします。

書法は古くから「用筆」「結構」「章法」の三つに大分して論じられてきました。用筆というのは筆遣いです。用筆によって一点一画が出来ます。そして一点一画を組み合わせて一字が出来る。その組み合わせ方を結構と言います。結構という字面からうかがわれるように、文字を建築物と見て、構造的に組み立てようという考えが根柢(こんてい)にあるわけです。要するに点画の組み立て方です。こうして一字が出来ると、複数の字を配置して行が出来、さらに複数の行を並べて作品が出来る。この各字の配置の仕方が章法で、国語でいうと字配りのことです。まとめると、
・用筆(筆遣い)→一点一画が出来る
・結構(点画の組み立て方)→一字が出来る
・章法(字配り)→作品が出来る
ということになります。この第二回では用筆、結構、章法それぞれについて、臨書の技法に有益なポイントを重点的に取り上げ、説明して行くつもりです。

用筆
用筆は書体によってさまざまですが、ここでは私たちに最もなじみのある楷書を取り上げます。説明の作例としては、長い楷書の歴史のうちでも最も評価の高い欧陽詢(おうようじゅん)の「九成宮醴泉銘(きゅうせいきゅうれいせんめい)」と虞世南(ぐせいなん)の「孔子廟堂碑(こうしびょうどうひ)」を参考にします。二人は初唐の全く同時代の人であり、作品も全く同時代に書かれました。

二人の「千」字を並べました。第一画は左払い、第二画は横画、第三画は縦画です。左払い、横画、縦画それぞれについて、用筆を調べてみましょう。具体的に言うと、「起筆」すなわち筆の入る角度、「送筆」これは筆の進む方向と筆圧の変化、「収筆」つまり筆の収め方を、それぞれについて比較検討してみてください。なお拓本を見慣れない方のために白黒を反転し、最小限の補正を加えたのが次の図版です。拓本と反転画像とで筆画の太細が異なって見えるのは、白は膨張色であり、黒は収縮色だからです。

起筆
まず起筆の筆が入る角度はどうでしょうか。九成宮醴泉銘と孔子廟堂碑との相違はお分かりでしょうか。筆の入る角度は縁(へり)の方向を見れば分ります。左払いでは、右上部の右下がりになった縁の方向が筆の入った方向です。横画では、左端の右下方に沿って筆が入り、縦画では上端のやはり右下方に沿って筆が入っています。念のために拓本の画像に赤の矢印を入れて示します。筆の入る角度は実はこんなにも違うのです。筆画の進むべき方向に対し、九成宮醴泉銘は相対的に鈍角に筆が入り、孔子廟堂碑は相対的に鋭角に筆が入っています。この起筆の角度はここに挙げた「千」字だけではなく、九成宮醴泉銘と孔子廟堂碑では全般的に見られる傾向です。

筆画の表裏
楷書、行書、草書では、右手に持った筆は顔の前でやや左前方に傾き気味に構えることになります。横画の場合、筆の穂先は画の上辺を通り、筆の腹は画の下辺を通ります。縦画では、筆の穂先は画の左辺を通り、筆の腹は画の右辺を通ります。この筆の穂先が通る方を画の表、腹が通る方を画の裏といいます。左払いは縦画の仲間であり、右払いは横画の仲間ですから、穂先はいずれも画の上辺を通ります。

送筆:筆画の方向と筆圧の変化
左払い、横画、縦画それぞれについて、筆画の進む方向と筆圧の変化を見ます。筆画の進む方向は画それぞれの表、裏の縁に注目します。「千」の左払いでいうと、九成宮醴泉銘と孔子廟堂碑では左上の縁が違っていて、九成宮は右回りにカーブし、孔子廟堂ではほぼ直線に近い。横画では、九成宮醴泉銘は直線的であり、中央部を引き締め(筆を吊り上げて筆圧を軽くする)、孔子廟堂碑では伏せた形(覆勢〈ふうせい〉という)にカーブし、中央部はやはり多少引き締めています。

この横画の筆圧の変化を精しく見るには、透明度のある紙を重ねて画の輪郭を細い線で写しとるとよく分ります。これを双鉤(そうこう。籠字〈かごじ〉とも)を取るといいます。ここでは青い線でそれぞれの双鉤を示しました。これでよく分ることは、横画の下辺はともに覆勢に作るけれど(カーブの仕方には微妙な違いがある)、上辺のカーブの方向は逆になっているということです。この結果、九成宮醴泉銘は直線的で、かつ引き締まっている。上辺、下辺いずれも覆勢に作る孔子廟堂碑は曲線的であり、なだらかでおだやかな感じがします。なお、覆勢の反対、つまり反り返った形の横画を仰勢といい、直線の横画を平勢といいます。次の「年」字「清」字をご覧ください。「年」の三横画はすべて直線的ではあるけれど、上から仰勢、平勢、覆勢に作っています。「清」は旁の第一横画は仰勢、第三横画と第六横画は覆勢で、他の横画は平勢です。分かりにくければ、横画の上辺、下辺の曲直に注目するとよいでしょう。一般に、文字の上端に置かれる短い横画は仰勢、中ほどの横画は平勢、下端に置かれる横画と最も長い横画とは覆勢に作ることが多いものです。

収筆
筆を止めるところはどうでしょうか。「千」の横画の場合、九成宮醴泉銘と孔子廟堂碑とでは収筆部も異なっています。止める時の筆の角度が違うのですね。この角度の相異は起筆部の筆の入る角度と照応しているわけです。すなわち九成宮醴泉銘は筆の進行方向に対して鈍角的であり、孔子廟堂碑は鋭角的であるといえます。

筆画の形
ここでは特に「千」の横画を精しく観察し、起筆、送筆、収筆に分けて見方を説明してきました。用筆つまり筆遣いが筆画の形を決定することを知ってもらいたいと考えたからです。他の筆画についても同様な見方をすると、具体的に把握できるようになります。書を構成する最小の単位は一点一画であり、一点一画の建築的な構成で一字が出来上がります。

一般に臨書にはげむ人は結構(形の取り方)には熱心です。が、いくら結構が上達しても、どうしても古碑帖に似てこないとすれば、結構以前の用筆に注意が払われていない場合が多いようです。古碑帖を臨書して何度も書き直し、形の取り方は上達してきたはずなのに手本に似てこないのは、すでに身についた自分なりの用筆で書いているからなのです。

縦画と横画の太細
建築物でいうと、縦画は柱であり、横画は梁(はり)です。建物を強固に支えるためにはまず強い柱が必要です。つまり縦画は太めに作り、相対的に横画は細めに書きます。縦画と横画とが交わる場合、その交点における太細は必ず縦画の方が太くなります。

一字の中で特に長い画は、縦画、横画、斜画を問わず、中央部を引き締めがちに書くものです。特に長い画を同じ太さで書くと、その一画が目立って重くなり、一字全体のバランスを取るのが難しくなるからです。長い横画の作例はすでに示したので、次には長い縦画と斜画の作例を九成宮醴泉銘から挙げておきます。縦画の形
縦画は収筆部の形によって鉄柱勢(てっちゅうせい)、垂露勢(すいろせい)、懸針勢(けんしんせい)の三つに分けられます。先に挙げた「千」「年」は懸針勢でした。鉄柱勢と垂露勢の作例をやはり九成宮醴泉銘から掲げます。「下」の縦画は鉄柱勢、「固」の第二画の縦画部は垂露勢です。「山」の第一画の縦画に見られるように、縦画の下端が横画に接続する時は常に垂露勢を使います。ついでに言うと、「固」の三本の縦画、「山」の三本の縦画は全部、垂露勢です。横画に接したり、横画が近くにある場合、垂露勢で静かに筆を止めると、その近辺がごたごたしないからです。接筆をすっきりさせるために垂露勢を使うわけです。

永字八法
古くから「永字八法」ということが言われていて、「永」字に含まれる八つの筆画で楷書のあらゆる用筆が説明できるというのです。九成宮醴泉銘、孔子廟堂碑の「永」を次に掲げます。永字八法八つの筆画にはそれぞれ名前がついていて、第一画の点は側(そく)、第二画の横画部は勒(ろく)、その縦画部は弩(ど)、その撥ねは趯(てき)、第三画の右上に短く抜く画は策(さく)、左下へ払う長い斜画は掠(りゃく)、第四画の左下へ払う短い斜画は啄(たく)、第五画の右払いは磔(たく)と呼ばれています。なお、上の孔子廟堂には趯は書かれていません。ここで重要なことは第三画の策と掠との間の空間がきちんと確保されていることです。ともすれば、この空間がつぶれがちになるのです。九成宮醴泉銘、孔子廟堂碑の「之」字はその空間を巧みに表現した典型的な作例です。
まとめ
今回の説明は主として欧陽詢の九成宮醴泉銘と虞世南の孔子廟堂碑の作例を比較しながら話を進めました。九成宮醴泉銘と孔子廟堂碑の筆画が異なっているのは、それぞれの用筆が異なっているためであることをお分かりいただいたと思います。この筆画の異なりは筆者によって異なるばかりでなく、同じ筆者の作品の間でも筆画の表現が微妙に異なることは少なくありません。参考までに欧陽詢の楷書の四作品(九成宮醴泉銘皇甫誕碑、温彦博碑、化度寺碑)に見られる「和」字を以下に掲げます。

筆画の形は用筆が決定することを理解されると、あとは筆画を正確に書けるようになるまで練習することです。用筆の具体的な要素は理解したわけですから、イメージしながら試行錯誤してみることが必要です。ああでもない、こうでもないと練習するうちに、次第に古碑帖の筆画の形に近づいてゆくはずです。

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