古碑帖の正確な見方

筒井茂徳(書法家)

第三回上「楷書の名品 九成宮醴泉銘を習う」その1

2020.12.07

前回までは総論でした。今回から以降、各書体の名品を習う形式で手本の見方を具体的に説明してゆきます。扱う書体の順番は
 第三回上下:楷書
 第四回上下:楷書
 第五回上下:行書
 第六回上下:行書
 第七回上下:草書
 第八回上下:草書
 第九回上下:隷書
 第十回上下:篆書
の予定です。各書体にはそれぞれ数多くの習うべき古碑帖がありますが、ここでは書体ごとに特にオーソドックスな二作品を厳選し、その一部分を拡大して半紙六字書きの形式に構成して掲げます。今回は楷書の代表的な名品として総論の中にも多数の作例を拾った初唐の欧陽詢書「九成宮醴泉銘」を取り上げます。

手本形式の図版はなるべく大きく載せます。みなさんの条件が許せば、パソコンのモニターやタブレット、スマフォなどで表示した図版を手本として、実際に臨書しながら見ていただくという方法もありうるかと考えています。そうではなく、読物としてご理解いただくのでももちろん結構です。智識として納得されることがらがありましたら、その分、古碑帖の見方が進展することにつながるであろうと信じます。

第三回上は九成宮醴泉銘の中から画数の少ない文字で、いろいろな基本点画が練習できる六字を選んで拡大し、半紙六字書きに配列した手本を作りました。したがってこの六字に意味のつながりはありません。第三回下では九成宮醴泉銘から連続した六字の部分を選んで拡大配列した手本を学ぶことになります。

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前回、章法で触れたように、ほどほどに字間を空けながら行を縱に通します。と同時に横の段もほぼ揃つて見えるように配慮します。この六字における太細、ことに最も筆画の太い部分はどこかということも見ておきましょう。今回は各字の用筆の説明から始めます。

「人」
第一画は長い左払いで、「九」字の第一画も同じです。永字八法(第二回上を参照)では掠(りゃく)に当たります。この筆画の特徴はしばらくゆるめにカーブしながら進んで、収筆近くで曲がり具合を大きくすることです
第二画の右払いは「之」字の最終画にも現れます。両字の右払いの相違は、三つの部分から出来ている「之」の右払いに比べると、「人」の右払いには「之」の右払いの第一部分が無いということです。「人」の右払いの第一部分(「之」の右払いでは第二部分)は、細めに起筆して右下方に進みながら少しづつ筆圧を加えて筆画を太くしてゆき、しかるべき地点で筆を止めて小休止、それから右方向に筆を転じて筆を吊(つ)り上げてゆきながら筆を閉じます。この第一部分(「之」では第二部分)で注意すべきことは、中国の書法では平勢または仰勢で書くことです。上の図版では上下の縁(へり)に注目すると分かるように、「人」「之」ともに軽い仰勢に書いてあります。和様では下の図版のようにこの部分は覆勢(ふうせい)になることが多いのです。

「下」
第一画の横画は「可」字の横画と似ていて、中央部やや右寄りを細めに書いています。すこし異なるのは覆勢の具合で、「下」の方が直線的です。これは横画の上の縁を観察すると分かるように、この縁をほぼ直線的に書いてあるからです。
「下」の縦画は中央部をわずかに引き締めながら下ろし(左右の縁の微妙なカーブに注意)、収筆部で筆先の方向に筆を押し戻し気味に止めます。
「下」の点は筆をすっと細く入れて右下方に短く筆圧をかけ、真下に筆をずらして筆先の方向に筆を持ち上げます。同じ点が「心」字の最終画、「之」の第一画にも現れます。

「九」
第二画の前半部を横画ではなく、永字八法の策を使って書きます(「之」の第二画と同じ筆画)。第二画前半部の収筆部では筆を左上方に突き、そこから後半部に移って縦画の起筆部を書く時と同様に右下方に短く筆を入れた後、方向を左下方に転じます。こうすると筋肉質のしっかりした肩(転折〈てんせつ〉という)が出来ます。そして左下方に進みながら筆圧を減じて曲がる部分を細くし、急転回してブレーキがきしむように曲がります。曲がるとともに筆圧を加えてゆき、小休止した後、右上方に左回りに筆を閉じながら撥ねます。

「心」
第一画は三角形に近い形をイメージします。起筆部では筆を止めずにすっと入れて左下方に短く筆圧をかけ、小休止の後、左上方に筆を突きながら右上方に持ち上げます。第二画も起筆部は筆をすっと入れ、左回りにカーブしながら筆圧をかけてゆきます。そして小休止した後、左上方に左回りに撥ねます。

「之」
右払いの第一部分は短い横画を書くつもりで起筆してすぐ筆圧を減じます。それから方向を右下方に転換し、その後は「人」の右払いと同様に書きます。

「可」
「口」の右肩の転折は「九」の第二画の転折とほぼ同じ書き方です(第二画前半部が「九」では策、「口」は横画の違いはあるけれど)。接筆は第二回下の接筆で述べたこととやや違って右下方に横画を出していないのは、すぐ右にある筆画に遠慮したためです。同様の配慮は「品」字や「郡」字、「高」字等でも見られます。
「可」の最終画の縦画の撥ねは下方に下ろした筆をごく短く左下に落とし、それから左上方にすくいあげるように右回りに撥ね上げます。

今回は基本点画の初めての説明ですので、その要点をすこし丁寧に説明しました。初心者には右払いと撥ねがやや難しいと思いますが、筆圧の掛け具合や筆の方向を変えながら試行錯誤すると、しだいにこつがつかめてくるはずです。

この六字の結構については、概形と有効な補助線を書き入れ、さらに注意すべきポイントに点を打った図版を次に示します。実際に筆を執って練習なさった方は、自分の臨書に赤のサインペン等で概形や補助線等を書き込んでみると、きっと形の取り方の参考になるだらうと思います。そして手本と自分の臨書との違いが分かれば、その違いが少なくなるように練習を重ねることです。

次回はこの基本点画六字の結構について短く説明し、それから同じ九成宮の連続した六字部分の練習に進みます。

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