古碑帖の正確な見方

筒井茂徳(書法家)

第四回上「楷書の名品 孔子廟堂碑を習う」その1

2020.12.21

今回は前回取り上げた初唐の「九成宮醴泉銘」と並び称される虞世南書「孔子廟堂碑」を扱います。九成宮醴泉銘の立碑は貞観六年(632)、孔子廟堂碑の立碑は同二〜四年(628〜630)と全くの同時代です。両作品は多くの文字の概形を縦長に作り、きわめて智的で神経の行きとどいた結構であるという点では共通していますが、書の情趣は全く異なります。そのあたりの秘密を造形的に探ってゆきましょう。

最初の図版は孔子廟堂碑全文の中からさまざまな基本点画が習える画数の少ない文字を集字し、拡大して半紙六字書きに構成した手本です。まず用筆を中心に説明し、結構についてはその次にお話します。当初はその手本をお持ちのデヴァイス(パソコン、タブレット、スマフォ)で見ていただくだけでなく、手本として利用できる環境であれば実際に習ってもらえればと思っていました。それが連載が始まってから、天来書院の計らいで半紙六字書き手本のPDFファイルがダウンロードできることになり、ご自宅やコンビニのプリンタでプリントアウトすることも可能になりました。ダウンロードの方法はブログ「酔中夢書2020」2020年12月16日号をご覧ください。

ダウンロードした後は、PDFファイルの利用方法として次の二通りが考えられます。
印刷する場合:
1、パソコン等にダウンロードし、A4版用紙に印刷して手本を作る。
2、その手本を見て半紙に練習する。
3、手本および練習作品に概形、補助線等を自分で見当をつけて記入する。
4、両者を比較し、どこが違うか、どこを修正すべきかを考え、さらに練習する。

デヴァイス上で利用する場合:
1、PDFファイルを画像を扱えるノートアプリ等で開く。
2、その画像を手本として半紙に練習する。
3、画像をコピーして副画像を作り、それに概形や補助線等を書き入れる。
4、練習作品にも概形、補助線等を記し、両者を比較しながらさらに練習する。

デヴァイスで利用する場合は任意の補助線や交叉するポイントの記入また消去が自由に何度でもできるという利点があります。また画像の拡大縮小も自在にできますから、細部を観察するのも簡単です。

前にも記したように、実際に練習まではしないけれども、見て了解するということでも構いません。一種の目習いですね。なるほどとうなづかれることがあれば、それによって見る力、考える力が向上したということになりましょう。

∇お手本ダウンロード∇

「亦」
参考のために前回学習した九成宮醴泉銘の字例を右側に掲げました。点はともかくとして、孔子廟堂碑は第二画、第三画を曲線的に運筆しています。第一画の点は収筆部がはっきりしませんが、五字目の「玄」字の第一画と同様に書けばよいのです。第二画の起筆部は筆の入る方向に注意して細くすっと入り、瞬間的に休止したのち覆勢(ふうせい)ですこしずつ筆圧を加えてゆきます。第三画、第四画の収筆部は筆を静かに止めて持ち上げます(垂露勢)。

「子」
第一画前半部は上方から下方に打ち込んで起筆し、右上方へ転じて覆勢(ふうせい)で筆を吊り上げてゆきます。楷書ではこんな風に書くのが通例で、横画に作る活字体とはまったく異なります。この姿は隷書に由来し、さらに篆書にさかのぼります。第一画の前半部と後半部との間の空間がつぶれぬように注意します。第二画は細く始めてすこしずつ筆圧をかけてゆきますが、曲がり具合と方向に特に気をつけましょう。

「之」
孔子廟堂碑の右払いはすべて長く、のびやかに書かれています。右払いを三つの部分に分けると、その第一部分は小さく起筆して右上がりに細めてゆきます。右払いの払い出すところは最も太く、右払い全体の太細の変化に特に注意する必要があります。

「月」
第一画の起筆部は筆を止めずにすっと入り、最初はやや右下方に向かいます(九成宮醴泉銘も同じ)。第二画の縦画部は全体としては右下方に向かっています。第三画、第四画いずれも起筆部は第一画の内部からすっと筆を止めずに入り、覆勢(ふうせい)気味に運んで静かに止めます(縦画における垂露のように)。

「玄」
第三画と第四画は同じ書き方で(九成宮醴泉銘は別)、いずれも前半部は左払いに近く、後半部は永字八法(第二回上)の策に近い書き方をします。要するに起筆部から収筆部に向かって細めにしてゆきます。

「允」
この字は九成宮には出てこないので、同じ筆画を含む「充」字を参考に掲げました。「允」の第一画はすぐ前の「玄」の第三画、第四画と同じ書き方です。最終画「乙脚(いつきゃく)」を三つの部分に分けると、第一部は起筆の後、やや左回りに細くしてゆき、右に方向を転じた後(第二部)も左回りに筆を運び、小休止の後(第三部)上方に左回りに撥ね上げます。

次に概形枠や一般的に有益な補助線等を記入した図版によって、結構を中心にした説明をします。

「亦」
概形はやや横長。左右の点は概形の左右の縦線のすこし内側に書きます。横画、二本の縦画の太細の関係に気をつけましょう。

「子」
青の補助線は第二画の起筆部を通る垂線です。この補助線は概形枠の左右中央に在り、つまり第三画を二等分する線になります。第二画下端の撥ね出す地点はこの垂線を越えてすぐのところです。

「之」
文字の上下端および左右端を四角く囲む概形は、ほかでもない文字の骨格を把握するためのツールです。しかし「之」字や「元」字の最終画のように特に長く伸びた画を含む字は、その長く飛び出た部分をカットして考えた方が骨格を正確につかめます。あたかも樹木からはみ出た一本の長い枝の部分を無いものとして樹形を見ようという考えです。具体的には、文字の右肩を通る垂線(上の図版では青い垂線)を引き、その垂線の左側の枠線を「補正概形」として見るのです。上の字では補正概形が横長であることが必要です。これを実現するには第二画と第三画の間の角度を狭くし、第二画起筆部下端と第四画上端との間の空間を狭くすることが必須です。

「月」
第二画の横画部を短くして、概形をかなり縦長に作ります。第一画の上端は右下方に向かっています。また第二画の縦画部は上端こそ左下方に向かいますが、すぐ右下方に転じ、縦画全体としては右下方に向かいます。

「玄」
第一画の下端は第二画の中点に接し、その中点のすぐ左から第三画が起筆します。第三画の後半部がやや覆勢(ふうせい)に作るのは第四画前半部との間の空間を狭くしたくないからです。

「允」
上の図版の青の垂線から左側の枠線が補正概形になります。ここでは補正概形の縦横の比率(厳密には横を1とすると縦は約1.2)をにらんだ上で練習するとよいでしょう。

次回は孔子廟堂碑原本中の連続した六字を取り上げ、拡大して半紙六字書きに構成した次の図版を手本として説明します。時間の余裕のある方は練習しておいてください(PDFファイルをダウンロードできます)。

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