古碑帖の正確な見方

筒井茂徳(書法家)

第一回上「三つの基本」その1

2020.11.02

今回から「古碑帖(こひじょう)の正確な見方」について連載することになりました。古碑帖つまり書道の古典を手本として習うことを臨書(りんしょ)と言いますが、その方法についての話です。書道の実技の勉強は直接的には古碑帖を臨書するほかありません。初心者にはとっつきにくい書道の古典を臨書するにはどのように手本を見ればよいか、これが私の話の中心になります。

古典を臨書する目的はすぐれた技法を学び取ること、さらにはその作品の美的な精神をも吸収することです。そのためには古典そっくりに臨書しようと努めることが特に重要です。一方、手本の形にとらわれずに、筆意をくみとって臨書し、線質を鍛えることが大事だという考えもあります。しかし私は筆意なるものはほかでもない形の中にあるもので、形こそが筆意を保証していると考える者です。したがって、自分の見えるとおりに書けるように臨書を重ねることをお勧めしたい。

この時、うまく書けなくて悲しく思う人は幸いです。というのは古典の字と自分の臨書の字が違うことを感じることができているからです。たぶん何となく違うように感じられるけれど、具体的にどこがどう違うのか、どこを直せばよいのかが分からないのでしょう。

私のこの連載では、古典の見方、古典と自分の臨書との相違の見つけ方をなるべく分かりやすく説明するつもりです。この連載を御覧になることによって、古典の字と自分の臨書との違いが分かるようになれば、つまりどこをどう直せばよいか分かることになります。

正確に臨書するための実践的な考え方として特に重要なことは次の三つです。
一、概形
二、補助線
三、姿勢(傾き)

一、概形について
概形とは文字の骨格を正確につかむために、文字の上端、下端に水平線を引き、左端、右端に垂線を引いて四角形に囲んだ、その形のことです。その形が縦長か、正方形か、横長かを見るのです。縦長にも特に縦長、やや縦長があり、横長にはやや横長、特に横長があります。実際には特に縦長から特に横長まで、無段階の四角形があるわけです。厳密に考えようとすれば、縦横比は16対9、4対3のように数値化して表すこともできます。

ところで印刷用の文字である活字体の概形はほぼ正方形に近い。ふだん見ている活字体の影響を私たちは知らず識らず受けており、臨書した文字の概形が正方形に近づく傾向があります。つまり縦長の文字を縦長に書き、あるいは横長の文字を横長に書くことは意外に難しい。もう一つ、手本の文字が横長化しやすいという傾向もあります。 概形が横長化するのは和様の特徴なのですが、おもしろいことに平安朝の仮名を臨書しても、手本の仮名よりも横長化しがちです。

概形の問題を自分の目で具体的に確認するために、私は次のことをお勧めしたい。
・古碑帖を二倍または三倍に拡大コピーする。
・赤の水性サインペン(ペン先が鉛筆の芯くらいの太さのもの)を用意する。
・コピーの各文字に赤の水性サインペンで概形を書き入れる(フリーハンドで可)。
・自分の臨書の各文字にも概形を書き入れる。

なおiPad などのタブレットと、タブレット用のペンがあれば、古碑帖を撮影して画像ファイルを作り、それをノートアプリに読み込むことによって、拡大手本に概形(また後で述べる補助線)を自由に書き入れることができます。

この作業で誰でも古典の概形と臨書の概形との違いがはっきりと分かります。違いが分かれば、概形が近づくように練習するのです。概形は文字全体の骨格を把握するための考え方ですが、応用として部分概形と空間概形を考えることができます。

部分概形
漢字は単体型、偏旁(へんぼう)型、冠脚(かんきゃく)型の三種類に大分すること ができます。単体型とは、漢数字や「上」「之」「人」「月」「水」などの一つの部分だけで成立している文字であり、偏旁型は人偏に属する文字、木偏に属する文字、三水(さんずい)に属する文字、糸偏に属する文字、隹(ふるとり)に属する文字等であり、冠脚型はウ冠に属する文字、列火(れっか、灬)に属する文字、草冠に属する文字、 雨冠に属する文字等です。つまり偏旁型は偏と旁(つくり)が左右に並ぶ文字であり、 冠脚型は冠(かんむり)と脚(あし)が上下に重なる文字です。そして単体型、偏旁型、 冠脚型が組み合わさった文字もあります。

偏旁型の文字、冠脚型等の文字では全体の概形を直してもうまく行かない場合、部分の概形を調べます。
このように部分に分けて調べます。「架」の上部はもちろん「力」「口」それぞれの部分の概形を見ることもできます。

空間概形
筆画で囲まれた空間(窓)も概形を調べることができます。なかなか空間の形までは意識が及ばないのですが、それだけに意外な盲点とも言えます。「其」の梯子(はしご)の部分はふつう平行等分割という意識で書こうとします。しかし上の図版ではそうではなく、上の窓と下の窓とはやや横長、中の窓はやや縦長に書いてありますね。「理」では、「里」の上部「田」の概形はやや横長ですが、「田」の内部の空間の概形を調べるといずれもかなり縦長です。これは空間を狭くしないために横画を細く書き、しかし柱になる縦画はやや太めに書いてあるからです。

空間の概形は、変化の多い行書、草書ではもっと複雑になります。ここでは字例として「神龍半印本蘭亭序」から「由」を挙げておきます。特に横長の空間概形とかなり縦長の空間概形とを組み合わせていることが分かります。二、補助線について
文字の四周を方形に囲む概形とは別に、文字の任意の箇所から水平または垂直に補助線を引くと、筆画同士の位置関係を正確に知ることができます。補助線はどこから引いてもよく、何本引いても構いません。やはり古碑帖のコピーと自分の臨書の両方に引きます。

実際にはむやみに引くのではなく、見当を付けて引いてみます。ヒットすると、手本と自分の臨書との思いもよらない相違が見えてくるものです。一般的にヒット率が高いのは、文字の左下部あたりから引く水平線と、右上部あたりから下ろす垂線です。次に補助線を書き入れた図版を示します。ここでは補助線を水色で引きましたが、皆さんは赤の水性サインペンで引いて結構です。(タブレットが使えれば、引いてはみたけれど役に立たない補助線は簡単に消すことができますから、自分にとって有益な補助線だけを残せばよいのです。)上に挙げた図版の文字はいずれも補助線が特に有効な例です。簡単に解説すると、「水」は第二画の起筆部が縦画の中点の高さから始まること、第三画の収筆部は縦画の中点のすぐ上に入り、そこに右払いが交叉すること、また右払いがどこで小休止して方向が右に変わればよいかがわかる。「必」は複雑に見える筆画同士の関係が補助線によって明確になる。筆順は長い左払い、左払いに交わる画、短い左払い、左端の撥(は)ねる点、右上の点の順。「成」は第一画、第三画、第五画それぞれの収筆部の高低の関係、第四画は文字全体のかなり左上方から起筆する必要があることがわかる。

概形の四周の線は実は補助線の役割も兼ねています。つまり概形を書き込むと、そこには四本の補助線が出現することになるわけです。

こうして概形と補助線という二つのツールを使うことができると、古碑帖の見方が精密になり、手本と自分の臨書との違いがよく見えてくるようになってきます。参考までに、上の三つの図版に概形を加えると次のようになります。なお今回の字例はすべて初唐の欧陽詢書「九成宮醴泉銘」を使いました(一例のみ東晉の王羲之書「神龍半印本蘭亭序」)。今日の話はここまでです。来週は文字の姿勢(傾き)についてお話します。

【次回までの宿題】
楷書の代表的な古典である初唐の「九成宮醴泉銘」と、行書の代表的な古典である平安初期の「風信帖」の図版を次に掲げます。さて、それぞれの古典の各字は完全に直立しているでしょうか、それともどちらかに斜めに傾いているでしょうか。図版をよく見てお考えください。