現代書道の根底にあるものは「臨書」。今から150年以上前、江戸時代に、臨書に注目した人がいました。貫名菘翁です。
菘翁は富豪ではなく、一介の市井の儒者に過ぎませんでしたが、驚くべきほどの大量の、しかも精妙な法帖を所蔵していました。今でも菘翁旧蔵の拓本を時々眼にしますが、レベルの高いものばかりです。
菘翁は臨書するにあたり、写実に徹しました。
左が王羲之半截碑(興福寺断碑)、右が菘翁の臨書です。自分の解釈を加えることなく、びっくりするぐらい写実に徹していることがよくわかります。本当に頭が下がります。なお、菘翁は途中で文字をとばして臨書しているので、右の拓本は菘翁が臨書した字だけで作っています。
上は、邢子愿千字文の臨書です。王洽と黄之芳の跋があり、これがなかったら、これが臨書であるか、邢子愿の原跡であるかわからない、と江間天江が書いています。その後に日下部鳴鶴、内藤湖南の跋がありますが、どちらも激賞!
菘翁の細字作品は人気がありますが、中でも第一に挙げられる傑作「左繍序」。77歳の作品です。原本は日下部鳴鶴旧蔵でしたが、関東大震災で消滅してしまったと言われています。
「私擬治河議」は79歳の作品。上田桑鳩先生が何日も通って臨書し、また写真印画を貼って冊子を作り、「用筆精緻、妙趣言を絶し、愉悦禁じ得なかった」と跋したほどの傑作です。
最後に82歳の作品「七律横披」。晩年近くその書境が一段とすすんだ時のもので、気脈が通り、なんとも言えぬ余韻を伴い、この時期の最高傑作の一つと言っていいでしょう。昔、書学院出版部から発行された貫名菘翁選集の一冊で、手島右卿先生のすばらしい題箋が印象的でした。
というわけで、以上5種を掲載する貫名菘翁名品集を重版しました。まさに現代書道の原点ともいうべき作品ばかり。決して派手ではありませんが、滋味あふれる魅力があります。こんな臨書や書作品を見直して行きたいものです。