墨場必携:近代詩 ゲーテ「ファウスト」より 森鴎外
26.10.8 皆既月食 東京都清瀬市
「ファウスト」 ゲーテ:森鴎外 訳
悲壮戯曲の第二部 第一幕
第4634行〜第4649行
あたゝけき風の戦(そよぎ) 4634
緑に囲はれたる野に満てるとき、
黄昏(たそがれ)は甘き香を
霧の衣(ころも)を降(ふ)り来させ、
楽しき平和を低く囁(ささや)き、穉子(おさなご)を
寝さするごとく心を揺りて眠らしむ。
かくて疲れたる人の目の前に
昼の門の扉はさゝる。
※扉は鎖(さ)さる:扉は閉じられる
夜ははや沈み来ぬ。
星は星と浄く群れ寄る。
大いなる火も、小さき光も
近くかゞやき、遠く照る。
湖に映りてこゝにはかゞやけり。
澄みたる夜の空にかしこには照れり。
いと深き甘寝(うまい)の幸(さち)を護りて、
月のまたき光華は上にいませり。 4649
26.10.8 東京都清瀬市