2014年8月23日

墨場必携:近代詩 蝉 高村光太郎


          
0823ミンミンIMG_0371.jpg                                     ミンミン蝉 26.8.23 東京都清瀬市


    「蝉を彫る」         高村光太郎

   冬日さす南の窓に坐して蝉を彫る。
   乾いて枯れて手に軽いみんみん蝉は
   およそ生きの身のいやしさを絶ち、
   物をくふ口すらその所在を知らない。

   蝉は天平机の一角に這ふ。
   わたくしは羽を見る。
   もろく薄く透明な天のかけら、
   この虫類の持つ霊気の翼は
   ゆるやかになだれて追らず、
   黒と緑に装ふ甲冑をほのかに包む。

   わたくしの刻む檜の肌から
   木の香たかく立つて部屋に満ちる。
   時処をわすれ時代をわすれ
   人をわすれ呼吸をわすれる。
   この四畳半と呼びなす仕事揚が
   天の何処かに浮いてるやうだ。


          
0823蝉高村201308semi008.jpg                                            高村光太郎「蝉3」



    「蝉の美と造形」より抜粋   高村光太郎 

  埃及(エジプト)人が永生の象徴として好んで甲虫(スカラベイ)のお守を彫った
 ように、古代ギリシャ人は美と幸福と平和の象徴として好んでセミの小彫刻を作って
 装身具などの装飾にした。声とその諧調(かいちょう)の美とを賞したのだという。
 日本のセミは一般に喧(やかま)しいもののように取られ、アブラなどは殊に暑くる
 しいものの代表とされているが、あまり樹木の無いギリシャのセミはもっと静かな声
 なのかも知れない。或はカナカナのような種類なのかも知れない。しかし私は日本の
 セミの無邪気な力一ぱいの声が頭のしんまで貫くように響いてくるのを大変快く聞く。
 まして蝉時雨(せみしぐれ)というような言葉で表現されている林間のセミの競演の
 如きは夢のように美しい夏の贈物だと思う。セミを彫っているとそういう林間の緑
 したたる涼風が部屋に満ちて来るような気がする。

  ※( )の読みは原典ルビの通り。
  ※「蝉の美と造形」(青空文庫)

          
0823林間P8230042.jpg                                           26.8.23 東京都東村山市





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