2014年5月17日

墨場必携:近代詩 栴檀


       0517栴檀IMG_4592.jpg                                            26.5.17 東京都清瀬市


   「栴檀」      三木露風

    せんだんの花のうすむらさき
    ほのかなる夕(ゆふべ)のにほひ、
    幽(かす)かなる想(おもひ)の空に
    あくがれの影をなびかす。

    しめり香や、染(そ)みつつきけば
    やはらかに忍ぶ音(ね)もあり。
    とほつ代のゆめにさゆらぎ
    木のすがた、絶えずなげかふ。

    ああゆふべ、をぐらく深く、
    わがむねをながるるしらべ。
    せんだんの花にふるへて、
    わがむねをながるるしらべ。

    世は闇にはやも満つれど、
    たぐひなきあくがれごこち。
    消えて身は空になびくか。
    せんだんの、あはれなる花のこころよ。

      
0517栴檀IMG_4595.jpg                                           26.5.17 東京都清瀬市


   「海から帰る日」(抜粋)      新美南吉

 初夏のうらゝかな日の午後、せんだんの枝を見てゐると、私は存在してゐるだらうかと思つた。
 そしてせんだんの實がつぶらつぶらとなる頃に、私は一つの木の實を拾つた。
 ――存在しないと私が思つた時、私は存在しないのだ。

       
0517木IMG_4646.jpg                                           26.5.17 東京都清瀬市



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