墨場必携:近代詩文 黒猫さんのゴハン獲得法「コドモのスケツチ帖」竹久夢二
「コドモのスケツチ帖 動物園にて」洛陽堂 1912(明治45)2.24 刊行
黒猫「おまへさんなんざあ器量は好いし、おとなしいから人に
可愛(かあい)がられて幸福(しあはせ)といふものさ」
斑猫「あらまあ、あんなことを、おなじ猫でも女になんぞ生れては
つまりませんわ」
黒猫「どうしてなかなか、私なんざあ、自分で自分の糊口(くちすぎ)を
しなきやあならないんですからやりきれやせんや」
斑猫「それだから結構ですわ。夜なんかでも、あなたは毛色がお黒いから
鼻の頭へ御飯粒をくつつけて口をあいてゐれば鼠さんは黒い所に
白いものがあるので喜こんで食べに来ると食べられるつていふぢや
ございませんか。そんなことはとても私たちには出来ませんわ」
これは二匹のネコの対話です。雄の黒猫と、雌の斑猫(はんみょう:ぶちネコ)が
話しています。
黒猫氏はノラなのでしょうか、斑猫を「人に可愛がられて幸福」と述べ、自力で
糊口をしのぐ苦労を漏らします。
くだけているなりに、おだやかな、余裕のあるもの言いです。
ここで斑猫が語るのは、黒猫ならではの鼠の捕り方です。
鼠が喜んで御飯粒を食べに来るのを、暗闇で口を開けて待つというとぼけた方法。
斑猫の口ぶりですと、これは世の中に知られている黒猫独自の持ち技のようです。
もちろん人の想像が作り出した、現実には無い特技でありましょう。
鼠を捕ることがネコの当然の仕事であった頃のお話です。
ネコが、愛嬌のある日常の仲間として、ごく自然に人の暮らしの中にいたことも、
ほのぼのと感じさせる文章です。
“ ネズミ? チョロチョロスルカラ イレバ オッカケルケド
ネコ缶 カ ☆リスキー ガイイヨ ”
「コドモのスケッチ帖 動物園にて」は、この調子で、様々な動物にふれては短い文を挙げ、それぞれに竹久夢二のスケッチが添えられています。ここではネコそのものの対話になっていますが、多くの場所は少年(太郎)の目によるスケッチで、少年と動物園の「おぢさん」の対話で動物を語っています。
この「動物園」には豹、象、ライオン、虎、などのほかに、兎、鵜(う)、
紅スズメ、狐、鳩、ニワトリなども並ぶので、ネコがいてもこの中では
違和感はありません。
きれいな挿絵とやさしい文章。
子どもが大事にされていたことを感じます。
裏表紙
※ 「コドモのスケツチ帖 動物園にて」は近代デジタルライブラリー(http://kindai.ndl.go.jp/)で見ることができます。