日本で産出される硯を総称して和硯といいます。古来。日本各地で硯が作られてきましたが、今現在も作られ、流通している物となると、かなり限られた物になってしまいます。
江戸時代の『和漢硯譜』には37種もの硯が紹介されていますが、その中で現在も残る物となると雨端(畑)石、虎斑石、清滝石など八種類を数えるほどしかありません。その後の和硯の状況を伝える出版物に次の二書があります。
『和硯と和墨』植村和堂(1980年)理工学社
『和硯のすすめ』石川二男(1985年)日貿出版
植村先生は古い文献を引用しつつも、徹底した現地取材で現状を詳しく伝えています。又陶硯に始まる和硯の歴史についても深く論じています。一方石川先生はグラビアに51面もの和硯を載せ、これまた現地取材にこだわり、そこを訪ねる人のためにガイドブックよろしく地図まで付けてあります。
しかし、両先生の情熱的な和硯推奨にもかかわらず、その後の和硯の生産流通は、紙の場合と同様に、廉価な唐硯の大量輸入により、生産地での販売や観光地での土産物としてわずかにその姿を留めるのみとなってしまいました。価格もさることながら、やはり実用硯としての鋒鋩の力に限界がある事も否定できないところかもしれません。
主な和硯をならべてみます。
玄昌石(宮城県) 雨端石(山梨県) 龍渓石(長野県) 蒼龍石(高知県) 金鳳石(愛知県) 高島石(滋賀県)
紫雲石(岩手県) 鳳足石(福井県) 若田石(長崎県・対馬) 大子石(茨城県) 那智石(和歌山県) 赤間石(山口県)
この中で、現在でも評価の高いものとなると、上段にある6種類位でしょうか。天竜川の端渓と異名を誇る龍渓石(鍋倉水巌)や蒼龍石は、実用硯としての力を十分に備えており、また雨端硯も根強い人気があります。生産量が最も多いのは玄昌石でしたが、東日本大震災で大きな被害を受けてしまいました。書道美術新聞で詳しく報道されたので目にされた方も多いと思いますが、今後どこまで復活できるのか案ずるところです。
最後に和硯の古硯についてふれておきたいと思います。先程の『和漢硯譜』の中に「日本硯石」の項があります。僧空海硯を始め、紫式部硯、小野道風硯、柿本人麻呂硯、本阿弥光悦硯や松陰硯、残月硯など、興味深い硯の図が46面掲載されています。現存するものも何面かありますが、後述の『古名硯』にはそのうちの四面を見ることができます。