翠邦先生の揺るがぬオーソドックスな墨のとらえ方に対し、淡墨の「滲み掠れ」を基調とした戦後書の新たな表現として「大字書」があります。二〇一三年の毎日書道展の特別企画展に「手島右卿の書芸術─その世界観─」がありました。多くの方がご覧になられた事と思いますが、その表現の重要な役割を担っていたのが「青墨」です。
今では墨の種類と言えば、普通の黒の他に「青墨」「茶墨」と各メーカーにより多種多彩であります。しかし戦前の墨にはその分類表記はありません。もちろん松煙墨が年を経て青墨化するという事での青い墨色は古くから存在しています。しかし戦後書の前衛運動の中での絵画的、色彩的な表現、とりわけ淡墨効果としての「青墨」となると今までにない世界なのです。
それでは一体その原料はどうなっているのでしょうか。大きくは松煙系のものと、顔料混入のもの、油煙で青味を帯びたものに大別されるようです。ここに少々企業秘密的な所があり明確にする事はできません。
この新しい墨作りに真っ向から取り組んだのが墨運堂の松井茂雄氏です。「墨運堂墨譜・百選墨上巻」(昭和60年刊)を引用しますと
「旧来の製法だけでは書の発展進歩についていけず、伝統の製法の改良のほか、淡墨系製法の開発と墨の色彩的な分類を確立し新しい昭和時代の製法の芽を育てて参りました。」
ここにも作家の新しい表現の為のリクエストに応えようとする職人の情熱を見る事が出来ます。