文房四宝を楽しむ

せいひぞうぬし
清秘蔵主
早川忠文

硯1 硯の分類と実用硯

「硯」すなわち石を見る

硯は墨を磨るという実用的な役割が第一義です。されば墨が良くおりる石質であることはもちろんの事ですが、それに応じた海(硯池・けんち)と岡(墨堂・ぼくどう)であるべきです。にもかかわらず、硯には、蘭亭硯や蓬莱硯をはじめ実用的には極めて不向きな硯式、意匠のものがあります。それらは硯石の石色や石紋を生かし、故事来歴、吉祥、写実(工画)などを巧みに刻して、文人の宇宙、理想郷を表現しています。

硯は又、筆墨紙に比べ、極めて消耗的性格が弱く、ゆえに伝承性が強いという特色があります。いわゆる「古硯」という世界の成立はここにあります。

良い硯との出会いは、墨を磨る事が楽しくなるばかりでなく、墨本来の発墨を限りなく引き出す事につながります。さらに硯に十分に水を含ませ、石そのものの美しさに見入り、かつ刻された作硯の妙を味わう。そしてしばし時を忘れ、石を見る。これぞまさに文房四宝の究極の楽しみ、至福の時!

 

硯の分類

硯を楽しむためには、現在手元にある硯がどのようなものであるかを知る必要があります。まずは硯の分類(要点)を見てみましょう。どの硯もこの分類のどこかに該当すると思います。

 用と美  実用硯と鑑賞硯(硯式と硯相)

 産地   唐硯(とうけん)と和硯(わけん)

 制作年代 古硯と現代硯、仿古硯(ほうこけん)

 素材   石硯と陶硯(瓦硯、塼硯、陶磁器硯)、鉄硯、銅硯、木硯、木砂硯、漆硯

 

実用硯

硯の名称

①実用硯の二つの条件

文頭に掲げたように、硯は墨を磨るという役割を担っています。それに見合う硯が実用硯です。

実用硯の条件は二つあります。一つは「鋒芒(ほうぼう)」であり、もう一つは海(硯池)と岡(墨堂)のバランスのよい形(硯式)です。

硯には鋒鋩があります。硯の表面にある超微細な鉱物粒子の凹凸のことです。雲母、石英、長石などの集合体で、方向角度は実に不規則です。ノコギリの刃のように規則的なものではありません。そこに墨が当たることにより墨が磨られ、墨がおりるという事になります。実用硯はこの鋒鋩の良し悪しで決まると言っても過言ではありません。後で述べる三大名硯といわれる端渓硯(たんけいけん)、歙州硯(きゅうじゅうけん)、澄泥硯(ちょうでいけん)は、鋒鋩の強さ、粒子の細かさにおいて最も優れている硯です。(天来書院刊 DVD筆墨硯紙のすべて第三巻「硯を極める」にて、鋒鋩を電子顕微鏡でとらえた影像を見ることができます。)

次は硯式です。基本的には長方硯(淌池硯・しょうちけん)が多いのですが、円硯、方硯、自然硯など様々です。墨を磨る手の動く範囲としての墨堂と、磨墨液の溜まる硯池のバランスが4対1位の比率のものが多いようです。ただ硯には硯相(硯全体の刻を含めた品格)があり、硯額、硯縁(硯のまわり)の太さや硯の厚さにより多少異なります。

②羅紋硯、新端渓、澄泥硯

実用硯の代表は何と言っても羅紋硯(らもんけん)です。廉価な上に墨おりもよく、学童用から初心者用まで、もっとも広範に使用されています。又、宋坑(そうこう)、二格青(にかくせい)、麻子坑(ましこう)の規格品が新端渓として国交回復後の交易にともない輸入され、羅紋硯の一格上の実用硯として普及しました。又、かつての高嶺の花であった澄泥硯も低廉化し、広く使用されるようになりました。

なお、規格品の大きさは吋(インチ)で表わされ、5吋〜12吋まであります。和硯の規格品は現在あまり流通がなく、大きさの名称もほとんど忘れられつつあります。四五平(しごひら)、五三寸(ごさんずん)が学童用セットの硯として、羅紋硯にその名を残しています。

 

硯の大きさ

硯のサイズ

 

 

最終更新日:2017年7月14日